前回、前々回とNATOについてお話してきましたが、最後にロシアとの関係について触れてみたいと思います。欧州の軍事情勢を考える時には、NATOの動向とロシアの動向が重要になってきます。現在の為替相場は日米の金融政策によって動いていますが、ロシアのクリミア併合、トルコのクーデター未遂など政治事変によって、相場の枠組みがガラッと変わってしまうことがあります。これまでお話した欧州の枠組みについての基本知識は、事態が急変した時に状況を把握しやすくなる備えとして役に立つと思います。これまでの内容をまとめますと、
- 1949年、NATO(北大西洋条約機構 :North Atlantic Treaty Organization)設立
- NATOは、ソ連を中心とする共産圏(東側諸国)に対抗するため、米国を中心とした北アメリカ(=米国とカナダ)およびヨーロッパ諸国によって結成された西側陣営の軍事同盟
- 1955年、西ドイツがNATOに加盟。この動きを受けて、ソ連を中心とする東側8か国は同年ワルシャワ条約機構を発足させ、ヨーロッパはNATOとワルシャワ条約機構2つの軍事同盟によって完全に分割
- 1991年、ソビエト連邦崩壊、東西冷戦終結によってロシアが誕生し、ワルシャワ条約機構は解体、NATOは存続
- NATO加盟国の中で国防費が最大国は米国、欧州のNATO加盟国の中では英国の国防費が最も多く、欧州のNATO加盟国の国防費全体の約4分の1を英国が占めており、英独仏では約6割となる。また英国は核保有国
- トルコはEU加盟国ではないがNATO加盟国トルコ軍の兵員規模は50万人強とNATO加盟国で米国に次ぐ規模
この一連の流れの中で重要なのは、④の「ソビエト連邦崩壊、ロシア誕生、ワルシャワ条約機構解体」です。ソ連崩壊後、NATOに対抗して創設されたワルシャワ条約機構の解体によって、欧州の政治・軍事バランスが不安定になる可能性が出てきたからです。冷戦時に東側陣営(共産圏)に属していた東欧諸国やソ連邦から独立した国々がEUやNATOに加盟する動きが出てきました。
これまでNATO対ワルシャワ条約機構という2大軍事同盟によってバランスが保たれていた欧州の政治・軍事バランスがNATO対ロシアという構図になってしまい、不安定になる可能性が出てきました。この事態を受けて、欧州とロシアの間には、欧州は東欧諸国を取り込むための東方拡大をしないという密約があったという話があります。欧州は否定していますが、ロシアのプーチンは、約束が違うではないかと欧州に対しては不信に満ちています。約束が違うという意味は、下表のように1999年以降、東欧諸国や旧ソ連邦の国々が一気にEUやNATOに加盟したからです。
下表で興味深いのは、EU加盟よりもNATOへの加盟の方を早く実行した国が多いということです。経済の枠組みよりも軍事の枠組みの方が先決ということでしょうか。こうして旧共産圏からNATOに1999年に3か国、2004年に7か国、2009年に2か国が加盟することになりました。ワルシャワ条約機構の加盟国は旧ソ連のロシア・ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ以外はすべて西側陣営に取り込まれる結果となりました。更にEUの加盟候補国として5か国、加盟の潜在候補国として2か国があります。英国のEU離脱後も、EU首脳はEU拡大のテンポは変更しないと明言しています。これらEU加盟候補国は、NATOに加盟することも予想されるため、プーチン大統領の欧州に対する不信感は高まるばかりです。
東欧諸国や旧ソ連邦の国々のEU、NATO加盟年
EU加盟 | NATO加盟 | |
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1999 | ポーランド,チェコ,ハンガリー | |
2004 | キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニア | エストニア,ラトビア,リトアニア,スロバキア,スロベニア,ブルガリア,ルーマニア |
2007 | ブルガリア、ルーマニア | |
2009 | アルバニア,クロアチア | |
2013 | クロアチア |
EUの加盟候補国
加盟候補国 | アルバニア、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、トルコ |
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加盟の潜在候補国 | ボスニア・ヘルツェコビナ、コソボ |
NATO・ロシア理事会
今年の4月に2年振りに「NATOロシア理事会」が開催されました。「NATOロシア理事会」は、冷戦終了後、東欧圏が西側に流れていくことによってロシアの孤立化を防ぐために、政治的対話の枠組みとして2002年に設立されました。この理事会によってロシアはNATOの準加盟国として位置付けられましたが、加盟国ではありません。NATOの集団安全保障問題やNATO拡大問題など、NATOの戦略上の最重要問題については参加することが出来ません。
このような政治的対話の枠組みがあるのですが、西側へ流れる動きは止まることがないため、特にロシアの隣国であるグルジアやウクライナがNATO加盟を目指していることに対してプーチン大統領は強い反発を示すようになってきました。2008年8月、グルジア紛争が勃発し、NATOとロシアの関係は険悪化しました、そして、2014年、ウクライナに対するロシアの軍事介入後、欧州とロシアの対話は途絶え、NATOロシア理事会は事実上停止しました。
更に、昨年11月にはNATO加盟国であるトルコの戦闘機が領空侵犯を理由にロシア軍機を撃墜したことから緊張が高まり、その後もロシアがトルコの領空を侵犯するなど衝突の危険が高まっています。そして今年4月にはロシアがバルト海で米国の駆逐艦などに空軍機を異常接近させたことなど緊張が高まった状況が続いていました。そのため緊張緩和を目指し2年振りにNATOロシア理事会は再開されました。しかし、対話継続の必要性では一致したものの、緊張緩和への道はなかなか険しいようです。
冷戦回帰
しかし、せっかく対話の道が再開したのですが、これに水を差すような決定が7月のNATO首脳会議で決定されました。ロシアに隣接するエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国とポーランドに合計で最大4000人規模の多国籍部隊を展開し、ロシアの軍事的な脅威に対抗するため防衛体制の強化を打ち出したのです。この決定はロシアを刺激し、ロシアはNATOの決定を批判しました。
この動きを「新冷戦」あるいは、「冷戦回帰」と呼ばれていますが、NATOの中でも一枚岩ではありません。6月に英国はEU離脱を決定しました。英国は「欧州の防衛と安全保障に背を向けない」とNATO首脳会議の最後の参加になったキャメロン首相は語っていますが、フランス外交筋は「議論する必要がある」と述べています。また、米国ではトランプ大統領候補が、NATOについて「NATOは時代遅れで、テロに対応できなかった。NATO加盟国のバルト3国がロシアに侵攻された場合でも、軍を派遣するかどうかは加盟国が義務を果たしているかどうかが基準になる」との考えを示しました。もし、トランプ氏が大統領になれば欧州の安全保障の枠組みが変わることになるかもしれません。プーチン大統領が英国のEU離脱を喜び、トランプ氏にエールを送るのはこういうことが背景にあるようです。
3回にわたってNATOのお話をしてきましたが、ロシアの動き、グルジア紛争、クリミア併合、トルコクーデター未遂、英国の国民投票、米国の大統領選挙、新冷戦、EU拡大、NATO東方拡大、これらの動きがつながってくると思います。政治、軍事問題はややこしい話が多いですが、これらの基本的な知識を知っておくと今後のニュースや新聞記事との接し方が変わってくると思います。また、基本的な知識を押さえておくと、大きな相場の枠組みを大きく外れることはありません。