サウジアラビア
為替市場を予測する上で、日米欧の経済動向や政治動向を注目し、観察していくことは必須要件ですが、それ以外に新興国の動向、特に21世紀に入ってからは中国の動向には目が離せません。そして資源動向を知る上で、まず押さえておかないといけないのは原油動向ですが、その原油の世界最大産油国であるサウジアラビアの経済、政治動向を知っておくことは非常に重要です。
為替市場に影響を与えるであろう国の経済・政治動向を押さえておくことは、為替相場を予測する上で非常に重要な作業となります。まずその国の大きな枠組みを捉え、新聞やメディアで発信されるニュースがその国にどのような影響を与えるのか、為替市場にどのような影響を与えるのかを考える訓練をしておくことが重要です。毎日、何かが起こるという訳ではありませんが、日常的に捉えておくことによって、変化が生じた時にその微妙な変化を感知することが出来るようになります。為替市場にすぐに反応する変化もあれば、反応に時間がかかる変化もありますが、その変化を察知したことによって為替相場のシナリオを準備しておくことが出来ます。
サウジアラビアの場合、
- 世界最大の産油国であり、OPECの盟主
- 米国と同盟関係にある中東の地政学的リスクの要
- 豊富なオイルマネーを有する投資大国
と大きな枠組みがあります。これらを軸にしてサウジアラビアの経済・政治動向、原油動向、投資マネー動向、中東の地政学的リスクの変化を追っていくと参考になります。
OPEC(石油輸出国機構)
12月4日、ウィーンでOPECの定例総会が開かれましたが、原油価格が低下する中でOPECは減産を見送りました。これまで掲げてきた「日量3,000万バーレル」の目標も明示されませんでした。現在の生産量は恒常的に3,100万バーレルを上回っていたことから目標の「日量3,000万バーレル」は形骸化していたのですが、その目標自体も明示されなかったことから、価格決定権が失われつつあり、加盟国の思惑もバラバラだということが鮮明になりました。このままだと低い原油価格が長期化する可能性があり、世界景気が回復しないと更に原油が安くなるが可能性が出てきます。
OPECは、オペックと呼ばれ、Organization of Petroleum Exporting Countriesの略です。日本語名は「石油輸出国機構」となります。OPECはサウジアラビア、クウェート、イラン、イラク、ベネズエラの産油5か国が、原油価格に圧倒的な影響力を持っていた国際石油資本(メジャー)に対抗するため、1960年に設立されました。加盟国は今回の総会でインドネシアが加わり13か国になりました(中東 6、アフリカ 4、中米 2、アジア 1、原加盟国5カ国のほかにカタール、アラブ首長国連邦(UAE)、リビア、アルジェリア、ナイジェリア、アンゴラ、エクアドル、インドネシア )。[「中東の中の『持てる国』と『持たざる国』」 第62回 「OPEC (石油輸出国機構)」参照]
OPECは、1973年の第1次石油危機(第1次オイルショック)の時にその存在感を世界中に示し、それ以降原油の価格決定権を握るようになりました。しかし、原油が高騰するにつれて代替エネルギーの開発が進み、また、北海油田やメキシコなど非OPEC諸国の開発・増産によって供給過剰の状態が続くようになりました。そして21世紀に入って、中国の高成長とともに原油需要が増え、再び原油高騰の時代が続きました。しかし、中国の減速とともに世界経済も減速し、原油は供給過剰の時代となっています。現在では、OPECの原油生産量は世界の4割にしか過ぎません。サウジアラビアは世界の13%を生産しています。単一国では、ロシア、サウジアラビア、米国の生産順位になります(この3か国で約4割)。クリミア半島の侵攻によって欧米諸国から経済制裁を受けたロシアは、苦し紛れの増産を行った結果、直近では生産量が首位となっています。
世界の原油生産量(2014年 OPECまとめ)
原油価格の下落を食い止めるためには、OPECも非OPECも協調して減産する必要があります。しかし、今回の総会では、ロシアがOPEC側との協議を見送った結果、OPEC内のシェア優先の国々が、「OPECだけが減産に動くべきでない」と減産を拒みました。減産して価格を上げたいベネズエラなどは猛反対しましたが、結局、溝が埋まらず今回の総会の結果となりました。
この総会の結果を受けて、12月8日のニューヨークでは原油指標であるWTIが約7年振りに36ドル台に下げました。史上最高値を付けた2008年の147ドルの4分の1の価格になりました。
原油価格と政治安定度
シェア優先の方針は、体力勝負になってきました。原油価格が昨年に100ドルを割ってからは、産油各国の財政収支均衡価格をすでに下回っています。今回のOPEC総会でベネズエラの石油鉱業大臣は「1バーレル=80ドルが望ましいい」と強く主張しました。経済制裁で苦しいロシアもすでに均衡価格を下回っています。サウジアラビアも例外ではありません。IMFはサウジアラビアの財政が今年2015年にGDP比22%の赤字になると予測し、外貨準備が5年以内に枯渇すると警告しています。シェア争いの結果、世界最大の産油国であったサウジはロシアにその地位を奪われ、非OPEC諸国の増産によってOPECの影響力も弱まり、OPECの中でもサウジの盟主としての力が低下してきているのが現状です。また、このまま原油が上がらず、あるいは更に安くなれば、シェア争いのための体力がなくなり、経済も一段と弱ってきます。
ほとんどの国は経済と政治の安定が一体となっているため、経済が不安定になれば、政治が不安定になります。産油国の場合、経済の不安定の直接的原因として原油低下が大きく影響してきます。つまり、原油低下→経済の不安定→政治の不安定とつながっていきます。その不安定要因のストッパーが外貨準備となりますが、サウジアラビアは豊富なオイルマネーを背景とした潤沢な外貨準備によって経済と政治を安定させてきました。また、シェア争いの体力勝負にも優位に立ってきました。ところが、今年に入ってからはその外貨準備が減少してきているという変化があります。オイルマネー大国が資産の取り崩しに入ってきたという変化です。上記のような枠組みを知っておくと、これより先の原油低下は、サウジの外貨準備を更に低下さす可能性があり、経済を不安定にさせ、政治的に不安定さが増大するというサイクルが生じてくる可能性があるというシナリオを描くことが出来ます。中東の要であるサウジアラビアの政治情勢が不安定になれば、中東の政治バランスが大きく崩れることになります。このことは世界経済にとってもかなり大きな影響を与えることになります。潤沢なオイルマネーのばらまきによって「アラブの春」の突風を乗り越えたサウジアラビアですが、今後の政治・社会情勢がどうなるか、原油価格の動向とともに注目していく必要があります。
来年2016年も、中東の政治を不安定にする要因として、日米欧の金融政策に影響を与える要因として原油価格が重要なキーとなるのは間違いなさそうです。その原油価格の予想としては、年後半の需要回復によって50~60ドルという予想が多いですが、さて、どうなるでしょうか。