11月号の概略

  • 主要国の製造業景況感が底入れを鮮明にしている。新興国市場の相対パフォーマンス回復に注目したい。
  • 11月は米大統領選の結果と市場の反応が焦点。クリントン勝利なら市場は安堵も、トランプ勝利なら波乱。
  • 「2016年に最もパフォーマンスが好調な市場」はブラジル。トリプル(株式、債券、通貨)高の背景を解説する。

(1)主要国の製造業景況感の底入れに注目

10月の国内株式堅調は、ドル円の底入れ感(円高一巡感)に加え、世界主要国の製造業景況感が改善したことが支援要因になったと考えています。民間調査会社マークイットが発表した速報値によると、10月の米国製造業PMI(購買部担当者指数)は53.2と昨年10月来の高水準に上昇。ユーロ圏の製造業PMIも53.4と約2年半ぶりの高水準となりました。また、日本の製造業PMIも51.7と本年1月以来の高水準に回復。中国の製造業PMIも昨年3月以来約1年半ぶりに「50(景況感の分岐点)」を上回ってきました(図表1)。世界経済全体に影響が大きい四極(米・中・日・ユーロ圏)で製造業景況感が改善してきたことは、「グローバルグロース(世界の経済成長)の動向に敏感なマーケット」と言われる日本株にとり好材料です。実際、財務省が10月27日に発表した統計によると、外国勢(外国人投資家)は4週連続で日本株を買い越しています(21日までの4週累計買い越し額は約81.8億ドル(約8,500億円))。外国勢が、為替相場とグローバルグロースの潮目の変化を材料視して、日本株に対する投資ポジションを修正している可能性があり注目です。ただ、11月8日に本選を迎える米大統領選選挙動向で、支持率でリードしていたクリントン民主党候補に新たなメール疑惑が浮上。トランプ共和党候補の支持率が再上昇しています。「今年最大の政治イベント」を巡る不透明感の強まりが、株式やドルの悪材料となる可能性があり警戒を要します。

図表1:世界主要国(地域)の製造業景況感

(注)製造業PMI(Purchasing Manager Index)は50を上回ると景気拡大局面、50を下回ると景気後退局面とみなされる
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年10月時点)

(2)今年は新興国市場の回復基調が目立つ

上述した主要国の景況感改善は、新興国市場も下支えしていると考えられます。新興国株式市場は今年1月に底入れして以降、投資環境の改善を受けた外国人投資家による資金流入再開を受け回復基調を辿ってきました。昨年末(2015年12月末)を100とした相対推移でみると、新興国市場では株式だけでなく、債券市場や通貨(対米ドル相場)も改善傾向にあることがわかります(図表2)。特に春以降は、原油相場の戻り、米景況感の改善、中国経済を巡る過度な悲観後退などが新興国市場を支えていると考えられます。新興国市場のなかでも、2014年より今年初めまで軟調であった原油相場や国際商品市況が底入れしたことで、ブラジルやロシアなど資源国のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を改善させるとの期待が広まっています。 主要先進国の金融政策が概して緩和的で、債券市場金利が歴史的な低水準もしくはマイナス圏で推移していることも高利回り(もしくは長期の視野で成長期待が強い)新興国市場にプラス要因となっています。従って、米FRB(米連邦準備制度理事会)が年内に追加利上げを実施するとの見方が強くなっているなか、来年に向けて米国の債券市場金利(利回り)がどの程度のペースで上昇するかが注目ポイントとなりそうです。

図表2:世界の主要国(地域)別の製造業景況感

(出所)各種市場平均指数、Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年10月末)

(3)11月の焦点:米国の大統領選挙に波乱はあるのか

11月8日(火)に本選を迎える米大統領選挙戦は、9月から10月にかけ実施された3回のテレビ討論会やトランプ候補の女性蔑視発言などを受け、クリントン候補が支持率や当選確率で優位となっていました。ところが、10月末にFBI(米連邦捜査局)が「クリントン氏のメール疑惑について再調査を行う」と発表。投票日を間近に控えて異例の事態となり、クリントン候補の当選を徐々に織り込んできた市場に新たな不透明感が立ちはだかる展開となりました。Real Clear Politicsが集計している世論調査の「支持率平均」では、クリントン候補がいまだ優勢ながら、トランプ候補が差を縮めています(図表3)。一方、各種情報にもとづく「当選確率(Now-cast)」を公表しているFive Thirty Eightの最新調査によると、クリントン候補の当選確率は約73.5%(トランプ候補は約26.4%)と高い状況です(10月31日時点)。Real Clear Politicsの最新調査によると、クリントン候補が獲得すると見込まれる登録選挙人数は(全米総登録人数538人のうち)263人(約49%)とされ、トランプ候補の164人(約30%)を凌駕しています。浮動票(111人)が半分に割れるとしても、クリントン候補が過半数(270人)を得る可能性が依然高そうです。クリントン当選なら「政治・経済政策に波乱なし」とみなされ、市場はとりあえず安堵すると思われます。一方、トランプ候補が当選する場合、米国株とドルがサプライズ(政治・経済の先行きを巡る不安)に見舞われ、米国株の下落とリスクオフ(回避)による円買いで日本株が急落する可能性がありますので要警戒です。ご参考までに、11-12月の主要イベントごとに「世界市場への潜在的影響度」を定性的に判断し、「H(高)」、「M(中)」、「L(低)」と記しておきました(図表4)。

図表3:米国の大統領選挙動向

(出所)Real Clear Politicsの公開情報より楽天証券経済研究所作成(2016年10月末時点)

図表4:11月-12月の注目イベント(重要経済指標など)

(注)金融市場への潜在的な影響度を定性的に判断し、「H(高)」、「M(中)」、「L(低)」と付記しました。
(出所)各種報道などより楽天証券経済研究所作成(2016年10月末時点)

あすなろ投資戦略

本コラムでは、投資ニーズに応じた投資戦略やマーケットフォーカスをご紹介しております。今月は、グローバル市場のなかで「2016年に最も好調なパフォーマンス」を示してきたブラジル市場に注目しております。

(1)ブラジルの株式、債券、通貨の再生は本物なのか?

「今年(2016年)のブラジル市場はトリプル高(株式、債券、通貨がともに上昇)!」と言われてもピンと来ない方々が多いと思います。2014年以降の世界的資源不況で景気後退入りし、財政収支が悪化するなか失業率とインフレ率がともに上昇。労働者党のルセフ大統領が不正行為の罪で罷免されるなど政治的にも混乱するなか、なんとかリオ五輪だけは開催できた国-というのが一般的な印象と思われるからです。ところが、3年にわたる金融引き締め(利上げ)が功を奏し、今年はインフレ率が低下に転じ、9月より新大統領に就任したテメル(前副大統領)が進める構造改革への期待が浮上。生産性向上と財政改善を目指した国営企業の民営化が進められることとなりました。経済改善への期待で、ブラジルのソブリン(国際)信用リスクが改善するなか、ブラジル中銀は10月19日に約4年ぶりとなる利下げ(政策金利14.25%→14.00%)を実施。資源市況が底入れを鮮明にするなか、債券市場金利が低下し、今年のブラジル株式(ボベスパ指数)は2013年来の高値を更新する強さをみせています。年初来で比較すると、株式は+48%、国債は+27%、通貨レアル(対米ドル)は+24%と「トリプル高」を鮮明にしています(図表A)。レアルの対円相場も年初来7.8%上昇し、今年は「円に対し強くなってきた数少ない外貨」の1つとなっています。

図表A:ブラジルの株式、債券、通貨のパフォーマンス

(出所)各種市場指数、Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年10月末時点)

(2)経済情勢が「最悪期」を越えたとの見方

ブラジル市場は、国内経済が最悪期を脱しつつあるとの期待を織り込み始めているようです。2014年以降の資源・商品市況下落や、2003年以降に労働者党政権が実施してきたばら撒き政策による財政悪化で、同国の経済は過去1世紀で最悪のリセッション(景気後退)に見舞われました。ただ2016年の実質GDP成長率は前年比-3.2%と昨年の-3.8%よりマイナス幅が縮小するとみられ、来年には+1.0%のプラス成長が見込まれています。四半期別の実質GDPベースでは、10-12月期に前期比でプラスに転じ、前年比同期比伸び率でも来年1-3月期にプラスになると見込まれています(エコノミスト予想平均/Bloomberg集計)。テメル大統領は、当初期待されていたより構造改革に前向きな姿勢を示し。国営企業の民営化推進、汚職撲滅(企業活動や社会のコスト削減)など改革重視に舵を切ろうとしています。金融市場の信認が厚いメイレレス財務相が率いる政府の経済チームは、テメル新大統領のもとで国民に不人気な政策を推進しやすいとされ、金融市場(株式、債券、通貨)は早晩の経済改善を織り込んできた動きにみえます。なお、来年(2017年)のインフレ率(CPIの前年同月比伸び)は5.4%と、昨年の実績(9.0%)や本年の予想(8.8%)より一段と低下すると予想されています(エコノミスト予想平均/Bloomberg集計)。来年にかけてはさらなる利下げが見込まれ、ブラジル中銀が集計するエコノミスト予想平均は「政策金利は2017年末までに11%まで低下する」と予測しています。金融緩和(金利低下)は株式市場のみならず、先行きの景況感にプラスとなるでしょう。市場は、テメル背池印による公共支出の抑制、年金制度改革、国営企業の民営化などを柱にした構造改革を評価しつつありますが、ルセフ大統領の罷免観測が台頭した今年初より国債信用リスクを示すCDS(Credit Default Swap:債務不履行損失保証料率)が低下(改善)傾向であることに注目したいと思います(図表B)。

図表B:インフレ、政策金利、信用リスク指標の推移

(注)CDS(Credit Default Swap)=ブラジル国債の信用リスク指標(債務不履行損失補償料率)
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年9月時点)

(3)ブラジル市場の注目点とリスク要因

ただ、ブラジル市場の堅調が続くには、いくつかのハードルもありそうです。テメル大統領の任期は2018年末までの残り2年です。金融市場が好感しやすい新自由主義的・資本主義的な政策を実行するには、労働者党など左派勢力が強い議会との調整が欠かせません。また、公共投資などの歳出削減は景気の押し下げ要因でもあり、緊縮財政のもとで経済が順調に立ち直るかどうかに楽観はできません。実体経済が目に見えて回復するにはもう暫く時間がかかりそうです。ただ、構造改革や財政均衡に向けた政府の努力は、ソブリン・リスク(ブラジル国債の信用リスク)を改善させており、上述したインフレ低下に伴う金利低下も勘案すれば、ブラジル債券市場にはフォロー(支援要因)と思われます。一方、ブラジル市場の回復を支えてきた外部環境-(1)資源・国際商品市況の底入れ、(2)中国経済を巡る過度な悲観の緩和、(3)米国を中心とする先進国の低成長・低金利の持続-といった諸要因の変化には目配りが必要です。特にブラジル市場は「南米最大の資源国」であり、株式市場や通貨レアルの好調・不調が原油相場や鉄鉱石市況の動向から影響を受けやすい特徴があります(図表C)。冒頭で解説した「世界の景況感底入れ」がこうした資源・商品市況回復を後押しできるかどうかにも注目したいと思います。

図表C:原油相場と鉄鋼石市況の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年10月末時点)