実は企業型DCの加入者550万人も他人事ではない

前回、確定拠出年金法改正により、個人型の確定拠出年金の規制緩和が行われ、現役世代の老後資産形成の有力な選択肢となることをまとめました。

ところで、すでに企業型の確定拠出年金に加入している人は550万人ほどおり、これは会社員の6人に1人くらいに相当します。実は「自分は確定拠出年金に入っている」という会社員は多いのです。

こうした会社員にとって、今回の法律改正が無縁であるかというとそうではありません。むしろこの550万人にも今回の法律改正はいくつかの影響が出てきます。

しかも、運用方法の見直しを必要とする可能性が高い改正内容になっているのです。

今回も「なんとなく投資」からステップアップするヒントとして、確定拠出年金法改正の話題を取り上げてみます。

行動ファイナンスとパターナリズムのアプローチによる「規制強化」

公務員や専業主婦、企業年金のある会社員も、個人型確定拠出年金に加入できるようになる「規制緩和」が今回の法律改正の肝だと思われていますが、その裏で「規制強化」も相当行われています。すでに加入している550万人にはこちらのほうが影響が大きいでしょう。

たとえば、運用商品の本数については「最低3本以上、うち1本以上は元本確保型商品」という規制であったものが、「最低3本以上(リスクリターン特性の異なるもの)、最大でX本」というようなルールに変わります(上限本数は別途、政省令で定める)。

今まで無制限であった上限本数にあえて行政が規制を課し、無制限に商品が増え混乱を招くことを制度上禁止する仕組みとなっています。一見すると個人の選択肢の拡充を国が阻止する不思議な規制です。

しかしこれは行動ファイナンス的には合理的規制と考えられます。「選択の科学(シーナ・アイエンガー著 文春文庫)」で有名になったとおり、数の多すぎる選択肢はむしろ私たちの思考停止を招くことが明らかになっています。これにならって、運用商品の選択肢についても絞り込みを企業に求めるわけです。

今まで金融機関の言われるがまま商品をずらずら並べていた会社は、そのやり方について再考が求められることになります。

商品本数が多いところ(理想では10本ですが、現実的には15本か20本を上限とすると私は予想しています)については、商品の絞り込みを会社が行うことになります。もしあなたがその商品を保有していた場合、他の商品にスイッチングするなどの運用見直しが必要になります(法施行日までに保有していた残高までは強制決済されませんが、新規購入は不可能になる)。

基本的には投資対象が同一カテゴリーである商品をゼロ本にすることはないので、日本株で運用する投信Aが除外されたら、同じ日本株で運用する投信Bにスイッチすれば大丈夫です。このとき、指定日までに未指図であった場合、自動的に投信Bにスイッチされず定期預金等に預け替えられる可能性もありますので、注意してください。

しかし、心配なことがあります。金融機関の力が暗黙的に行使され、「除外した商品のほうがベター」で「残留した商品のほうが冴えない」という最悪の絞り込みになることです。

商品の絞り込みに際して、金融機関主導ではなく社員目線での評価と決断が必要です。法律上は加入者の利益を最優先すべきとする忠実義務規定がありますが、会社の担当者の責任は重大です。まともな取捨選択となるよう労働組合なども監督していく必要があるでしょう。

なお、商品除外手続きについては規制緩和され、除外が実行可能になる法改正があわせて行われています。

パターナリズムが単なるお節介になるか、親身な「父親」になるか

アメリカの401Kプランでは、投資教育の限界があるとして、現実と向かい合いパターナリズムを組み入れています。パターナリズムというのは「父権主義」などと訳されることもありますが、強い立場にある者(ここでは会社側)が必ずしも合理的行動をとれるとは限らない者(ここでは社員)に対し、ある意味「お節介」を焼く仕組みです。

今回の日本の確定拠出年金法改正でも、欧米のパターナリズムのトレンドを採用してきました。先ほどの商品数上限規制もその一環です。

さらに、運用判断ができず未指図状態のままであった場合、一定の猶予期間をおいた後、バランス型ファンド等の分散投資がされ中長期的にはインフレに対抗しうる商品を自動購入させる仕組みを認めてきています(採用するかどうかは企業の任意)。

これはなかなか大胆なチャレンジです。「自己責任を押しつけるなんて乱暴な制度だ」「一度たりとも元本割れする可能性があるものを勤労者に買わせていいのか」という声が目立つなか、あえて厚生労働行政は世界的な企業年金トレンドを採用してきたからです。その根底にはやはり行動ファイナンスの成果、つまり非合理的な投資行動が生じがちである個人をやわらかくサジェストしていく必要がある、という示唆が含まれています。

自己責任できちんと複数の商品を選択・購入できる人(たぶん本欄の読者はそうでしょう)についてはこの規制緩和(というか強化?)は無関係です。しかし、投資についてまったく理解がなく投資実行を回避しているような社員にとっては、ほどほどのリスクを半強制的に取らせる選択肢として機能することと思われます。

これが「いいお節介」となるかどうかも、やはりどの商品を買わせるかどうかに関わります。金融機関が売りたがっている、高コストのバランス型ファンドとなっては意義が薄れてしまうからです。

親身な父親代わりとなって会社が投資経験の後押しをするのか、金融機関のセールス代理人に身をやつしてしまうのかも、企業の担当者および労働組合等の意識次第といえそうです。

会社が投資教育をまじめにやる期待も

規制強化といえば、会社が社員に対して行う継続投資教育の義務化が強化されます。罰則はないのですが配慮義務という弱いトーンから努力義務に格上げされました。配慮義務を明文化した際にも投資教育実施率が10%くらい上昇しましたので、今回も実施率向上に期待がもてます。

投資について理解度の高い人にとって、会社の投資教育はどうしても基本事項の学習ばかりでつまらなく感じられます。しかし、プレーンな投資教育の受講チャンスは確定拠出年金の投資教育以外にほとんどありません。法律が個別商品の推奨や非推奨、相場観等の押しつけを禁止しているため、金融機関の講師であっても、自社商品の売り込みができないからです。

もし、あなたがまだ投資の入り口に立ったばかりで基礎をしっかり学びたいのであれば、会社の実施する継続投資教育はしっかり受講してみましょう。発見がかならずあるはずです。

すでに一定の投資知識がある人も、自分の理解にバイアスがないか再チェックするつもりで受講してみるといいでしょう。また、社内制度の概略についてはこういうチャンスしか学習する時間がありません。後半寝ていてもいいので、制度の概要(会社の想定するモデル水準額とそのための条件など)を確認する機会と考えて参加してみてはどうでしょうか。

個人型確定拠出年金より有利な企業型はフル活用しよう

今回の法律改正で、企業型の確定拠出年金に加入している人も個人型の確定拠出年金に加入できるようになるという報道もありますが、これは企業が認め、規約改正を行う必要があります。また、企業側の拠出上限をダウンさせることで、個人の拠出枠が誕生する仕組みで、多くの企業は対応しないものと私は予想しています。ここはぬか喜びしないようにしてください。

むしろ3分の1の規約で採用されているマッチング拠出(企業型の確定拠出年金に個人が追加掛金を上乗せするしくみ)を活用するほうが有利です。口座管理は一元化できますし事務コストは会社持ちで負担がかからないからです。しかし利用率は低く企業年金連合会調査では24.5%となっています。利用できる会社なら、利用上限まで積み立てていくことをおすすめします。

また、加入選択制があってそもそも企業型確定拠出年金に加入していない人もいますが、これももったいないことです(こういう人は個人型確定拠出年金にも入れない)。税制優遇を考えても、証券口座で投資する前に確定拠出年金口座で投資を行うべきです。会社に問い合わせて加入手続きをしておきましょう(多くの場合、年に一度受け付けチャンスがある)。

個人型確定拠出年金の話題ばかり報道されがちですが、すでに550万人、約10兆円もの利用者がある企業型確定拠出年金のほうが影響は大きいところがあります。ぜひ有効活用してもらいたいものです。