年金運用8兆円損がどうした、とニュースを読めるかどうかはあなたの投資力量による
去る11月30日に、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2015年度第2四半期の運用結果が公表されたことはニュースで知っている人が多いと思います。
期間収益率が-5.59%、収益額にして-7兆8899億円という数字にとにかく批判が大好きなメディアが色めきだちました。とあるブログ系メディアでは編集長自らが国の年金運用の悪口を書いていましたし、相当のバッシングニュースがあったように見えます。
こうしたニュースを聞いて、読者の皆さんはどう感じたでしょうか。実はこうしたニュースに感じた感想は、あなたの投資の力量や経験値のリトマス試験紙であったのかもしれません。
浅い批判をしている人の多くはおそらく投資未経験者か、ちょっと投資して失敗をした経験しかない人ではないかと思います。ひどい記事では「10月末の株価を示し9月末の損失の多くは解消されたと言い訳」と書いています(言い訳ではなく事実なのですが)。こうした記事を真に受けていた人はちょっと投資の勉強が必要です。
「またいつもの騒ぎだよ」とか「こういう騒ぎをするのは週刊誌や夕刊紙系メディアが多いよなー。ブログ系も多いかな」とメディア分析できた人はなかなか余裕を持っている受け止め方ができています。
「まあ、9月末は下がっていたから(日経平均株価は17388円であった)、含み損はしょうがないよな。今は戻っているからあんまり気にしてもしょうがないのに」と思いつつニュースを読めた人は投資の経験や余裕を有している方でしょう。
今回は「なんとなく投資」をしている投資経験がまだ浅い人のために「9月末の年金運用報告」から学べることを考えてみます。
含み損と実現損はその後の投資戦略をまったく変える
投資経験者の多くが理解していることと思いますが、含み損と実現損はまったく意味が違います。そして今回の勘違い記事の多くはここの整理ができていないから、とにかく損失が生じたことの悪口を書いています。
含み損と実現損、どちらも損失が生じている状態であることは同じですが、実際に損失確定のための行動を行っているかどうかの違いは、その後の投資戦略においてはまったく違ってきます。
もちろん行動してしまったのは「実現損」、つまりマイナスの状態で売り払ってしまった状態です。これ以上の損失はもう生じない代わりに、これ以上の回復も生じません。もし資産の回復を図りたければもう一度リスク資産の売買にチャレンジする必要があり、もう一往復分の売買手数料と、譲渡益課税を乗り越えて元本回復を目指さなければなりません。
実現損を出した後の投資行動はどうしても慎重になってしまいますが、これが吉と出るか凶と出るかは難しいところです。最初に購入した投資対象がまったく見込み外れであったのならリトライしたほうが賢明でしょうが、そうでなければ売ってしまった後の投資行動はきわめて難しいものになります。
これに対して「行動はしていないが時価評価上の損失が生じている」つまり「含み損」を抱えている場合、投資の選択肢は「売って実現損を出した後に再チャレンジ」というだけでなく「このまま株価の回復を待つ」という選択肢を持つことができます。
これは地味なようで実は重要な選択肢です。もし短期的な市場の下落に巻き込まれただけであれば、何もせずただ放置プレイしているだけでよく、気がつけば含み損が生じ、気がつけば含み損は減少、場合によっては含み益を得るということになります。
今回のGPIFにおける8兆円の損失も、ほとんどは含み損ですから、市場の回復に伴いほとんどは解消されたとみられています。リバランスを粛々とこなしていたならさらに利益の上積みを成功したかもしれません。
もちろん、含み損だから損ではない、と自分を強弁しすぎることには注意しなければなりません。今後も下落が続くとしか考えられない銘柄であればこれは手放したほうがマシです。含み損を抱えている場合は、売却する選択肢も有していることは頭に留めておき、持ち続けるという前向きの選択をしてみたいものです。
投資期間に余裕がある人、追加資金を作れる人は含み損と上手につきあいたい
ところで、含み損についてはつきあえる人とそうでない人がいます。具体的には投資期間に余裕があるケースと、追加資金を投入することができるケースが含み損とつきあえるケースです。
「投資期間に余裕がある」ことは、含み損とつきあううえで欠かせない要素です。どんなに回復の期待があったとしても、そもそも市場の回復を待つ時間がなければ含み損の解消を実現することなく資金使途時期が到来してしまうからです。
これへの対策は明確で、投資使途が眼前に迫っているような資金のほとんどを投資に供することを避ければいいことになります。
そして、投資使途が近いわけでないと判断できるのなら、むしろあわてて実現損を出すより資産を持ち続けて回復を待つ選択肢を有効に活用できることになります。
これに合わせて「追加資金を投入することができる」ことができれば、市場の騰下落とつきあうことはさらに時間的余裕を加えて強みとすることができます。
そもそも、短期的な下落に伴う含み損を非難する人は、下がったり上がったりする経済の自由を否定していることに気がついていません。もしも硬直的に右肩上がりにしか株価が推移しないのであれば、新たな資金で投資をするチャンスも存在しないことになってしまいます。
すでに持っている資金の含み損を抱えている状態は、新しい投資資金が割安で購入することのできるチャンスでもある、と同時に判断できるようになれば投資の選択肢はかなり膨らみます。
(個人的にはもっと下げてくれた方が新規資金を投入する妙味がある、と思えるのですが)
逆に含み損とつきあう余裕がないケースは、資金使途が間近に迫っている人、回転売買でのみ資金増を目指している人があげられます。
もちろんGPIFの運用にも批評すべき課題は多い
もちろん手放しで国の年金運用を評価するのはお人好しが過ぎます。いくつかの点で批判すべきテーマはあります。
まず、現在の基本ポートフォリオです。昨年の秋に変更を行いましたが、どうひいき目にみても政治的プッシュで株式投資比率を高めたようにしかみえませんでした。運用主体は国民であって、その付託を受けた政権が決定したといえばおかしくないようですが、これは政権がリスクを高くしたり下げたりする運用リスクをはらんでいることでもあります。
今回はたまたま上昇相場にのっかって株式投資比率を高めることになりましたが、株価が今後下落したタイミングで政権が変わり、国民の短期的批判に押され投資ウエートを引き下げるようなポートフォリオ変更に踏み切った場合はまさに実現損を受け入れることになります。
(むしろ市場の下げを一度乗り越えても高い投資比率を維持できれば、これは高いリターンを獲得することになる)
また、現行のポートフォリオが当面維持されるとしても課題は残ります。もうそろそろ株式保有比率の引き上げは終わろうとしているのですが、株式保有比率を上げ終わった直後に株価が大きく下がった場合、その影響はキツいものとなるからです。いくら含み損といっても株価が下がり続ければ看過できないものとなります。ここしばらくは団塊世代への年給付支払いが高まる時期であり、GPIFの資金にも売却ニーズが出てきます。本来、資金使途が明白であるタイミングでリスクウエートは高めないものですが、GPIFはあえて高めているわけです。
かといって、GPIFが株式投資比率を10ポイントほど下げ、将来的に10兆円以上の売りを行うと公表すれば、これは株式市場のメンタルを冷やし、株価下落要因になることも考えられます。GPIFが株をたくさん持つ、というのは今後買うにしても今後売るにしてもなかなか難しい問題なのです。
そもそも国が株式保有をしすぎることの難しさもあります。GPIFはスチュワードシップコードに署名していますが、これをまじめにやると、国が株式保有をしている企業と対話し、株価向上のための要請をしていくということになり、国が企業経営に株主としてクチを出すことになりかねません。国の政策と連動して「女性の活躍を促せ」と国が株主総会で主張し始めたらどうでしょうか(しかし株主にはその権利がある)。また、海外の企業への投資比率が高くなると、その企業からすれば「日本が株を買い占めに来て株主総会にも乗り込んできた」という感じになってきます。
一方で企業との対話を実行しないことはスチュワードシップコードの精神に反します。アメリカは、国が民間企業の株式保有をして口出しすることは適当でないと考え、国の年金資金は債券運用にとどめています。ヨーロッパの多くの国は数カ月程度の年金給付に必要な資金しか保有しておらず、こちらも日本のような企業統治に悩む必要はありません。諸外国と比べ日本の立場は独特です。
情報開示はいいことだが読み方は難しい
年金資金の運用については情報を開示しないより開示することのほうが正しいことです。国民には知る権利があるからです。
その意味では的外れな批判がなされようとも、基本方針の開示や運用状況の四半期報告は続けるべきです。しかし、的を外れた批判に一喜一憂するより、建設的な議論に役立てるためのデータ活用をしてほしいと思います。
そして、GPIFを他山の石として、個人の資産運用のヒントにしてほしいと思います。あまりにも巨大な他山の石かもしれませんが、きっと自分の投資を見つめ直すヒントになるはずです。