フランスのマクロン氏は5月14日、フランスの大統領に就任しました。1848年に40歳で就任したナポレオン3世より1歳若い、史上最年少の大統領となりました。任期は5年です。マクロン新大統領は就任演説で、社会の分断を修復することに意欲を示し、またEUについては、EUを改革し再始動させると宣言しました。しかし、喫緊の課題は、EUよりも足元のフランス社会分断の背景の一因であるフランス経済の再生、とりわけ雇用の改善が重要となってきます。

EU統計によると、フランスの3月の失業率は10.1%とEU加盟28カ国の平均失業率8.0%を上回っています。ドイツの3.9%、英国の4.5%には全然及ばず、28か国の後ろから数えて6番目とのことです。若年層の雇用は特に厳しく、15~24歳は20%台半ばとほぼ4人に1人は失業者となっています。25~49歳の失業率約9%、50歳以上は6%台半ばとなっており、若年層は倍以上の失業率となっています。また、貧困層が高い地区では失業率は20%に達しており、これらの地区ではルペン氏の得票率は10%ほど高い得票率となっています。

大統領選挙の決選投票では、マクロン氏の得票率が66.10%、ルペン氏の得票率が33.90%とルペン氏大敗となっていますが、ルペン氏は第1回大統領選挙から300万票上積みされての1,064万票の獲得票となっています。また、第1回大統領選挙では、立候補11人のうち、政治の継続性を主張したのは3人だけであり、ほかの8人は現在の政治を否定する「反体制派」となっています。そして、この「反体制派」の得票率の合計が49.6%にもなっています。白票や棄権を含めれば過半数を超えているかもしれません。失業率の高さが、極右・国民戦線を含め、「反体制派」への根強い支持を集めているようです。

フランス大統領の役割は、元主たる「国の守護者」として国の基本的な政策方針を決めます。国防や安全保障は大統領の専権事項となっていますが、一方で内政は、自らが指名した首相が取り仕切るという役割分担が長く慣例となっています。従ってマクロン大統領が経済再生政策を執行するためには、6月の国民議会選挙で自ら率いる政党が過半数を取るか、もしくは多数派工作によって連立政権を立て、首相を自ら指名できるような安定した政治基盤を築く必要があります。

ところがマクロン氏は、無所属で勝利したため、現有議席数はゼロです。自分の思うように政策を実行するためには、6月の国民議会選(下院)で、過半数もしくは他の党と連携して過半数を取る必要があります。もし、失敗すれば、それまでの暫定首相や内閣は議会で信任を得ることが出来ず、大統領の所属政党と首相が違うねじれ現象となる可能性があります。これを「コアビタシオン」(フランス語で「同居」の意味)というそうです。「コアビタシオン」は過去に3度あるそうですが、これでは政策もうまく進まない可能性があります。

マクロン氏は、6月の国民議会選挙(下院、定数577人、6月11日第1回選挙、6月18日決選投票)に向けて、大統領選挙を推進してきた政治組織「前進」を改め、新党として「共和国前進」を立ち上げ政党登録しました。そして公募に応じた約19,000人の中から428人を選び公募候補を発表しました(5月11日)。その半数は女性で、平均年齢も46歳と現職下院議員の平均年齢より

10歳若い候補者となっています。ただ候補者の半数以上が、政治経験のない民間人となっており、他陣営からはアマチュア集団で大丈夫なのかとの批判も出ています。現在の国民議会(下院)の議席数と今回の国民議会選の支持率は以下の通りとなっています。

フランス国民議会選(下院選)での各陣営の支持率と現有議席数(5月7日調査時点)

  マクロン
陣営
共和党 国民戦線
(ルペン陣営)
メランション
陣営
社会党
支持率(%) 26 22 22 13 8
現有議席数 199 2 284

※マクロン陣営は、新党・共和国前進と、連携する民主運動の支持を含む。

※フランス国民議会選(下院選)
フランス議会は、国民議会(下院)と元老院(上院)の2院制。多くの場合、下院の権限が上院に優先する。国民議会選(下院選)は小選挙区制で行われる。第1回投票で有効投票の過半数獲得などの当選条件を満たす候補がいなければ、複数の上位得票者による決選投票が行われる。

この表を見てみると、マクロン陣営の支持率は26%とトップに立っていますが、共和党やルペン氏率いる国民戦線もそれぞれ22%の支持と迫っています。この様子だと現在2議席の国民戦線は大幅に議席を伸ばす可能性があり、マクロン陣営が目指す過半数のかなりの強敵となりそうです。一方で、現在、最大議席数を擁する社会党の支持率は8%と低迷しています。社会党の現職議員24人が新党・共和国前進に合流することが明らかになっており、社会党の議席は、他の党に奪われ、大幅な議席減は避けられない状況となりそうです。

フランスの社会状況

フランス内務省が昨年12月に行った「不安に思うこと」の調査で、「テロ」は63%と、2014年の13%から2年ほどで5倍に増えました。このことを裏付けるかのように、ユーロポールの調べによると、テロ容疑での逮捕者数は欧州の中でフランスがダントツに多い状況となっています。また、ここ数年のテロはフランス国内で生まれ社会になじめないイスラム教徒の移民2世、3世が引き起こしましたが、米調査会社によると、フランスは総人口に占めるイスラム教徒の割合が欧州で最も高い国となっています。

2015年のテロ容疑での逮捕者数(人、ユーロポール調べ)

フランス スペイン 英国 ベルギー ドイツ イタリア
424 187 134 61 40 40
総人口に占める
イスラム教徒の
割合
欧州平均
(東欧除く)
フランス ドイツ 英国 イタリア スペイン
2010年 4.5% 7.5% 5.0% 4.6% 2.6% 2.3%
2030年(推計値) 7.1% 10.3% 7.1% 8.2% 5.4% 3.7%

また、民間調査会社イプソスの調査(2016年7月)によると、41%が移民に仕事を奪われる不安を感じているとのことです。EU離脱を決めた英国の38%や、シリアなどからの難民・移民が急増したドイツの28%より高い調査結果となっています。

このように、フランスはイスラム教徒の割合が欧州で最も多い国であり、テロへの不安や仕事を奪われる不安を欧州の中で最も多く感じている社会状況となっています。このフランス社会の状況を考えると、フランス大統領選の決選投票では、反ルペンの票がマクロン氏に流れたかもしれませんが、二者択一ではない国民議会選ではマクロン陣営は議席を大きく伸ばせない可能性もあります。もし、ねじれ現象が生じたり(「コアビタシオン」)、ルペン氏率いる国民戦線が議席数を大きく伸ばしてきた場合は、欧州政治リスクは再び高まるかもしれません。また、マクロン陣営が過半数を取っても政権運営に失敗すれば、極右政党など反体制派への期待が高まる可能性があります。

世界の反グローバル化やポピュリズム(大衆迎合主義)の流れは、大統領選のマクロン氏の勝利によって歯止めがかかった形となりました。欧州政治リスクが後退し、株が上昇し、ドル円も円安に動くところとなりました。6月の国民選挙までは平穏なマーケット状況が続くかもしれません。しかし、小休止だったマーケットは、国民議会選の結果によっては再び荒れ相場になるかもしれません。しかも、フランスの選挙の前には英国の総選挙があり(6月8日)、フランス選挙の第1回投票(6月11日)と決選投票(6月18日)の間には、米FOMCが開催されます(6月13-14日)。6月中旬は目が離せない状況となりそうです。