上場企業の多くが確定拠出年金を選好している
「A社は2014年4月から確定拠出年金(日本版401k)の採用を決定した」というようなニュースが最近連発しています。2001年からスタートした確定拠出年金の導入ラッシュが最初の数年続きましたが、ここ数年改めて導入に関したニュースが続いている傾向です。
2012年4月にようやく新規で確定拠出年金をスタートしたソニーのような例もあれば、すでに導入していた確定拠出を拡充し、メインに据え直したパナソニックのような例もあります。最近報道で出ているNTTや富士電機などでも、確定拠出年金の採用ないし採用割合の増加が行われるようです。
企業が確定拠出年金の採用を増やす理由のひとつは、退職給付会計の見直しです。会社が運用責任を負っている確定給付型の企業年金や退職一時金の準備状況について、不足の増減状況を単年度で計上しなければならなくなるため、企業評価に及ぼす影響が高まっています。
有力な企業年金では資産規模が数千億円以上のことも珍しくありません。規模が大きいほどに運用難により生じた損失のインパクトも大きくなり、企業の決算に悪影響を及ぼします。リーマンショックの年度末には企業年金運用はマイナス17.8%を記録(平均値)していますが、仮に5000億円の資産が単年度で800億円時価で減少したとすればとんでもない話です。積立不足を単年度の決算に計上すれば、望外の黒字が生じた事業部門の利益をすべて消し去るインパクトになってしまいます。
問題は本業でも景気が悪いとき、企業年金の運用難も同時に襲いかかってくることで、積立不足を償却するようなバッファーの仕組み(分割計上)も認められなくなります。また、情報開示についてもより詳細な内容を求められています。
しかし、これは確定給付型の企業年金、退職一時金制度の問題であり、確定拠出年金であれば、運用責任は個人が負うことになり、積立不足が会社に生じるリスクを回避できます。資産価値の変動が会社の決算に及ぼす影響がなくなるわけですから、財務担当者にとっては魅力的に映ります。
アメリカに限らず、諸外国ではすでに確定拠出年金へのトレンドが隠せませんし、日本の企業も現地法人では確定拠出年金の制度を採用していたりします。
昨今のニュースをみていると、もしかすると日本の企業も、確定給付型の制度で運用責任を会社が負うことを断念しつつあるのかもしれません。
今回は、確定拠出年金の採用をどう考えるか、ポイントをまとめてみたいと思います。
もし自分の会社で確定拠出年金の導入か割合増になったら
一般に、確定拠出年金の採用は、「会社から社員へのリスクの押しつけ」といわれています。先ほどの説明でも、会社が決算上の不確定要因を避けるため、確定拠出年金を採用すると説明しました。
しかし、社員サイドにとって、「確定拠出年金を採用するといいところ」がいくつかあります。単にリスク押しつけと考えるより、こうしたメリットを前向きに捉えたほうがいいかもしれません。
1)給付カットはもうなくなる
まず、「給付のカットはもうなくなる」ということです。企業年金制度については、水準の引き下げが行われています。制度を破綻させないため、痛みの分かちあいなどと説明されていますが、20代なら将来期待していたはずの水準が引き下げられますし、50代なら過去の勤続期間によって獲得したはずの受給権が引き下げられてしまいます。
「確定した給付」があるのが確定給付型の企業年金だったはずが、「不確定の給付」になってしまっているのが近年のトレンドです。しかし、確定拠出年金に制度を変更することでこうした負の連鎖を断ち切ることができます。
確定拠出年金に切り替えられた部分は、今後どのような理由があってもカットされることはありません。定年直前に会社が公的資金を導入されたため、給付が下がる心配もありません。勤続3年を経過すれば自己都合退職でもカットされません。会社の業績と自分の老後の財産が切り離されるほうが、生活設計上むしろ安心できるのではないでしょうか。
2)運用のハードルは低め
次に「運用のハードルは低く設定されることが多い」ということです。一般に、確定拠出年金では年利2%ないし2.5%を運用目標に設定します。会社が拠出する掛金についてこの目標をクリアすれば従来の退職金水準を上回ることになります。
確定給付型の企業年金については、5.5%という高い利回りを低金利時代にも堅持したことが財政悪化につながりましたし、退職給付会計上も実勢金利を用いる割引率とのかい離が積立不足として顕在化しました。そこで確定給付型の企業年金でも予定利率を引き下げるなどしていますが、社員に自己責任を求める確定拠出年金ではさらに目標利回りを引き下げている傾向があるのです。
これはつまり、ポートフォリオに求められる期待リターンは高くせずにすむ、ということです。公的年金の運用(GPIF)などは債券を約6割保有し、全体で4.1%の期待リターンを想定していますが、これよりも安定的な運用方針をとってもいいわけです。例えば定期預金等を半額、GPIFなみの運用方針で半分を投資した場合、全体で2%を確保することができます。
もちろん、超過リターンを得られればその分資産形成が進展したことになりますし、うまくいった運用成果は個人にすべて帰属します。低い運用ハードルはチャレンジしがいのあるテーマといえます。
3)魅力的な投資商品が多い
また「一般的な投資商品より魅力的な商品の採用例が多い」ことも見逃せません。もともと企業年金運用では規模の原理が働くため、運用報酬は低廉に抑えられてきました。GPIFの運用委託手数料の率は0.1%を切っているといわれます。
確定拠出年金においては投資信託がベースとなりますが、企業単位あるいは金融機関単位で考えたとき、一定の販売金額が見込めるため、運用手数料を引き下げて商品提供する例が多く見受けられます。また、販売時説明が不要となるため販売時の手数料を無料とするノーロード商品がほとんどです。
インデックスファンドの信託報酬が低い投資信託を比較サイトなどで検索してみると「確定拠出年金専用」という名称の投資信託が並んでいることに気がつきますが、これが特別な手数料設定をした投資信託です。ひとつのマザーファンドから、一般に販売されている投資信託と確定拠出年金専用のベビーファンドを2つ設定し手数料を変えているのです。
ものによっては、ETFに遜色のない設定例もあり、自分の会社の確定拠出年金にそうした投資信託が採用されているとしたらこれは「お宝」といえます。確定拠出年金はもともと譲渡益非課税でありNISAと同等の税制メリットもあります。
ぜひ魅力的な投資商品を活用してみたいところです。
(運用にあたっては、下記コラムも参考にしてみてください)
山崎元「ホンネの投資教室」
確定拠出年金の最適な運用法は?(2013年11月15日)
また、会社がセットしてくれる投資教育は意外に良質であることも最後に付記したいと思います。セールストークを禁じて、金融機関職員に教育だけさせる機会はなかなかありません。是非利用したいものです。
投資家として考える「確定拠出年金」ニュースのインパクトは
最後に少し、投資家の視点から、確定拠出年金導入企業をどう評価すべきか考えてみます。最近では厚生年金基金の脱退をプレスリリースした企業の株価が上がった例もあり、企業年金問題が株価形成のひとつの要因にもなっているからです。
まず、基本的には本業以外の不確定要素がひとつ減ったと考えることが可能です。最初に述べたとおり、景気が悪い時期に運用環境も悪いことが多く、本業でも赤字、企業年金も積立不足発生となることはなかなか回避が困難です。こうした変動ファクターがひとつなくなることで、本業のみに企業評価を集中させることができます。
ただし、人事制度の目線では「従業員のやる気にマイナスの影響は生じないのか」という点も意識してみたいところです。財務や経営企画が主導して、むりやり確定拠出年金導入を入れた会社の例がときどき耳に入ってきますが、従業員の反感が一時的なものですめばいいのですが、会社の生産性にも影響したり、人材流出になれば、中長期的な企業競争力は低下します(確定拠出年金を採用すると、会社は人材引き留めのカードを失うことを意味する)。
確かに、確定拠出年金を採用すれば財務面で短期的な改善がみられるでしょう。しかし、確定拠出年金の採用は本質的には人事制度の問題です。企業評価において、人事制度改革の見極めはなかなか難しい、ということは意識しておくといいでしょう。