ユニット・レーバー・コストがインフレ率を決める

 このくらい日本では人件費が抑制され続けてきたわけですが、このことはインフレ率の格差拡大にも繋がっています。

 ULCは、その定義式を展開すると(下記)、物価上昇率と同じであることが分かります。

 

 上から分かるように、ULCの分母は実質GDPなので、それにGDPデフレーター(P)を掛けると名目GDPになります。従って、ULCはGDPデフレーター(P)と労働分配率に分解でき、労働分配率が一定なら、ULCとGDPデフレーター(P)の動きは同じになります。

ユニット・レーバー・コストを使った消費者物価の推計

 ここで、GDPデフレーターが消費デフレーターや交易条件(輸出デフレーター÷輸入デフレーター)で構成されると考え、かつ消費デフレーターがCPI(消費者物価指数)とほぼ同じであることを踏まえると、CPIは、ULC、労働分配率、交易条件の関数と捉えることができます。

 実際、日米のCPI(総合)を、ULC、労働分配率、交易条件の三つの変数で推計したものが図表6になります。米国は1990年から2023年、日本はプラザ合意によって発生した交易条件の段差を避けるため、1986年から2023年を推計期間としました。

<図表6 消費者物価をULC、労働分配率、交易条件で推計した結果>

(注)CPIは総合。日本の推計期間は1986~2023年。シャドーは日本の景気後退期。
(出所)各種資料、楽天証券経済研究所作成

 日米とも推計式の説明力は高く、特に日本の推計値は実績値をかなり正確にトレースしているのが見て取れます。なお、日本の2024年以降の点線は、CPIが前年比2%となるよう、ULCの伸びを外挿推計したラインです。

 具体的には、CPIの前年比が2%で推移するためには、ULCの伸びが2.3%になる必要があります。なぜ、CPIの2%と一致しないかというと、日本ではこれまで交易条件が悪化し続けてきたからですが、いずれにせよULCの伸び2.3%は日本にとって高いハードルであることは間違いありません(図表7)。

<図表7 日米のユニット・レーバー・コスト(ULC)の前年比>

(注)シャドーは日本の景気後退期。
(出所)内閣府、米BEA、楽天証券経済研究所作成

 

 ULCが前年比2.3%のときの名目雇用者報酬は3.3%です(外挿推計では、実質GDPを前年比1.0%と想定)。先週のレポートでこれを4%程度と主張していたことを考えると、それよりは若干低いわけですけれども、労働生産性を相当程度引き上げなければ実現困難であるという結論は変わりません。

 まとめると、「物価安定の目標」を実現させるかどうかはともかく、日本経済が低成長・低インフレに甘んじてきた過去から決別し、ある程度高くて安定した経済成長率、賃金上昇率、インフレ率の新たな均衡を成立させるためには、労働生産性を引き上げる地道な取り組みが必須だということになります。