日本製鉄に投資するリスク

 私は、日本製鉄の未来に期待していますが、そこには大きなリスクがあります。重要なリスクとして、【1】USスチール買収に関するリスク、【2】脱炭素に伴うリスクがあります。

重大なリスク1 USスチール買収に関するリスク

 際立った技術力を有し、収益力・財務内容とも申し分なくなった日本製鉄ですが、今のままでは成長市場へのアクセスが十分でなく、需要が将来に向けて先細りとなるリスクがあります。

 そのため、日本製鉄は米国の製鉄大手USスチールに対して、2023年12月18日に買収を提案しました。この提案は2024年4月12日に開催されたUSスチールの臨時株主総会で承認されました。買収が実現すれば、日本製鉄は成長市場である米国市場へのアクセスを手に入れることとなります。

 ただし、この買収に対して、11月の米大統領選の共和党候補トランプ氏が反対を表明、「大統領になれば買収を阻止する」と述べていることが懸念されています。トランプ氏と大統領選を争う民主党候補ハリス氏も、対抗上、反対を表明しています。

 バイデン大統領が、買収計画措置の大統領令を出す方向で最終調整に入っているとの一部報道もあり、買収が禁止される懸念が深まっています。

 日本製鉄にとって、USスチール買収に関するリスクとして二つあります。

◆USスチールの買収が実現しないリスク

 安全保障上のリスクを理由に、USスチールの買収が米政府によって禁止されると、日本製鉄は、成長市場である米国へのアクセスが得られません。

◆USスチール買収が、日本製鉄の収益の足を引っ張るリスク

 買収が実現すると、日本製鉄の技術を導入することによって、USスチールの収益力強化が進むと私は考えています。そうなると、日本製鉄にもUSスチールにも、大きなメリットがあります。

 ただし、買収後にUSスチールへの技術導入が進まず、高コスト体質も改まらないと、この買収が日本製鉄の収益の足を引っ張るリスクもあります。

重大なリスク2 脱炭素のリスク

 鉄鋼産業(高炉)は、電力産業と並び、CO2(二酸化炭素)排出が大きい産業です。高炉の生産プロセスで、原料炭を使うためです。将来的には、原料炭の代わりに水素を使う「水素製鉄」への転換が必要です。ところが、その技術開発・設備投資に莫大(ばくだい)なコストがかかります。その負担に耐えるには、相当な経営体力が必要と考えられています。

●USスチール買収成立に成算があると考える理由

 共和党・民主党がともに買収に反対していることから、現時点で日本製鉄による買収は認められない可能性が高いと言わざるを得ません。

 それでもなお、現時点で私は買収成立の成算はあると考えています。USスチールの株主にとっても従業員にとっても、米国鉄鋼業の未来にとっても、日本製鉄による買収が最善のソリューションだと考えられるからです。

 大統領選が終わった後、日本製鉄が労働組合の賛成を得られれば、買収が承認される可能性があると考えています。ただし、大統領選の前に、バイデン大統領が性急に禁止令を出してしまえば、万事休すとなる可能性もあります。買収の成否は今まさに正念場です。

 買収成立になお成算があると、私が考える理由は以下二つです。

【1】日本製鉄による買収がUSスチール立て直しの最善ソリューションと考えられること

 USスチールがこのまま単独で生き残るのは難しく、いずれ買収による立て直しが必要です。リストラせずに立て直すには、日本製鉄による設備刷新と技術導入が不可欠です。他の米国企業によって買収されても、高付加価値品への転換に必要な技術導入ができず、リストラを強行せざるを得なくなるのが明らかです。

 韓国や中国の製鉄業はかつて、日本製鉄の技術を導入することで、競争力を高めてきました。USスチールも、日本製鉄の技術を導入し、設備を刷新すれば、高付加価値品に特化した鉄鋼業として復活すると考えられます。

 USスチールの現経営陣は、それが分かっているから、日本製鉄による買収を支持しています。同社経営陣は、買収が破談になれば、一部の製鉄所を閉鎖し、ピッツバーグから本社を移転する可能性が高くなると語っています。米国の鉄鋼業労働組合が冷静に利害をはかれば、日本製鉄による再建が最善策であるという結論になるはずと思います。

【2】株価に約40%のプレミアムを付ける買収提案であること

 日本製鉄による買収提案が出る前の昨年12月15日のUSスチール株の終値は39.33ドルでした。日本製鉄はこれに約40%のプレミアムを乗せた55ドルで買収提案しています。これを受けて、USスチール株は急騰していました。もし買収提案が拒否されると株価は元の価格まで急落する可能性があります。

 USスチールも日本製鉄も、ともに社名に国名が付く名門企業です。USスチールは1960年代には、世界トップの製鉄企業でした。日本製鉄は、旧八幡製鉄から始まる日本の産業革命をけん引した名門です。

 USスチールは、1970年代以降に競争力が低下し、日本にトップの座を奪われ、さらに2000年代以降は、中国に追い越され、その差は拡大する一方です。

 米国は自国の鉄鋼産業に対して度重なる保護主義政策を打ち出してUSスチールを守ろうとしましたが、保護すればするほど高コスト体質の改善が遅れ、衰退が加速するという皮肉な結果となりました。米国トップの座も、電炉大手ニューコアに奪われ、2022年の粗鋼生産では米国で3位、世界で27位まで低下しています。