これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。定年を迎えて悠々自適な人生を送っている信一郎の両親から、呼び出しを受けた二人は…。

4LDK、老夫婦には広すぎる…

「2階のあなたの部屋のマンガ本、片付けてちょうだい」

 母親からそんな呼び出しをくらった信一郎は、理香と息子の健、娘の美咲を伴って、徒歩10分の実家へ帰省した。健や美咲を預かってもらうなど、信一郎以外の3人は週一レベルで頻繁に訪れているものの、信一郎が実家へ帰省するのは、ほぼ1カ月ぶりだ。

「せっかく近いんだから、もっと顔見せてあげればいいのに」とこぼす理香に「近いからこそ、いつでも行けると思って…」と信一郎はぼそぼそと返す。親孝行を妻と子供に丸投げしている罪悪感はあるらしい。

 4LDKの実家の2階は、信一郎と姉の悦子の部屋、信一郎の父の書斎となっていたが、信一郎が大学に下宿する際に実家を抜け、姉が結婚で抜け、今や2階はほぼ空き階となっている。

 信一郎の部屋は、中学生時代から集めた、全巻そろったマンガ本がぎっしりと詰め込まれており、それをどうにか処分しろ、というのが母の依頼だった。

「すご…」

 壁面の1面が本棚で埋め尽くされ、マンガ本がずらりと並ぶ部屋に入り、理香は絶句する。知ってはいたけれど、改めてみるとうんざりする風景だ。これは「片付けろ」と言われるはずだ。

「うひゃー。懐かしい!」

「読んでる場合じゃないでしょ!」

 目を輝かせて座り込み、懐かしいマンガを再読し始めた信一郎をゆさぶり、理香はため息をついた。

「これ、いったん家に持ってかえ…」

「絶対ダメ!」

 言うだろうと思っていたセリフを言いかけた信一郎を理香はにらんだ。いったん持ち帰ったら、そのまま置きっぱなしになるに決まっている。子供が二人に増え、健も大きくなって家が狭いと感じることも増えてきたのに何を言うか、と理香はフンと鼻を鳴らした。

「ね、すごいでしょ、理香さん」

「ほんとに…すみません」

「理香さんのせいじゃないわ。謝るのはシンよ」

 信一郎の母は、理香と同じような目つきで信一郎をにらんだ。

「お姉ちゃんは結婚するときに、自分の荷物をほとんど処分してくれたから、この部屋とお父さんの書斎を片付けちゃいたいのよ。ついでに、いろいろいらないものもあるから、理香さん、[断捨離]を手伝ってくれないかしら」

 使っていない健康器具や、乗らなくなった電動自転車、普段使いではない高級食器などなど、この際、不要なものを処分して、可能な限り、ミニマリストライフに転換したいらしい。

「この年になってくると掃除も大変なのよね。今となっては、2階は空き家同然で無駄だし、掃除も大変だから、この家を売ったり貸したりして、もうちょっとコンパクトな家に移ることも考えてるのよ」

「俺の実家の長野県に移住するのもいいかなとも思っていてね」

 信一郎の父もそう口をはさむ。

「ええ、引っ越しちゃうんですか?」

 子供たちの緊急預かりや、仕事の繁忙期の助っ人など、信一郎の実家のサポートありきで成り立っている我が家の生活を思い、理香はちょっと顔を曇らせた。急な発熱や長い夏休みなど、健や美咲の世話をずいぶん助けてもらっているのだ。それに、現代的な信一郎の母とミーハーな理香は、見ているドラマがほぼ被るなど共通点も多く、年代を超えて語れる仲で、離れてしまうのは寂しい。

「まだ何も決めてないから大丈夫よ。でも、とにかくこのマンガは捨ててちょうだい」

「…分かった」

「捨てるんじゃなくて売るほうがいいんじゃない? 状態にもよるけど値段がつくかもよ」

「理香さん、うちの食器も売れるかしら?」

「ブランドの食器ならリサイクルショップやフリマアプリで売れるかもしれませんよ」

「一回、いっしょに見てちょうだい。けっこういろいろそろってるのよ」

 美咲をベビーキャリアで背負った理香と信一郎の母は1階へ降りていき、父親と信一郎、健の男性陣は2階に残された。健は座り込み、信一郎のマンガをさっそく読み始めている。

「父さん、この家売っちゃうの?」

 信一郎が気になっていた質問を投げかける。

「お前に譲ろうかとも思ったんだが、この間、不動産屋に査定してもらったら、そんなにいい値段がつかないんだよ。それにお前も、こんな古い家、もらっても困るだろう。お前も家を買うときはよく考えたほうがいいぞ。戸建てじゃなくてマンションのほうが売りやすいって、不動産屋が言ってた」

「そうなのか…」

 信一郎は腕組みをした。確かに実家は昭和の間取りで、譲られたとしても大幅なリフォームが必要そうだ。

「聞きにくいことなんだけど…、父さんたちって今、どれくらいの蓄えがあるの?」

 実はこの間から「資産形成」を始めていて…と信一郎は切り出した。自分たちの老後について考えるにつれ、今、まさに老後真っ最中の両親はどうしているのだろう、と気になり始めたのだ。

「年金とか預金とかで生活してるの? 生活は無理なくできてる感じ?」

「ああ見えて、母さんががっちり家計管理してくれてたから、心配はないよ」

 信一郎の父と結婚するまでは、数年とはいえ銀行に勤めていた母は、その点、しっかりと老後に備え、現在も堅実な家計管理をしているらしい。

「だから、お前が浪人した時も、下宿するって決まった時も、すぐにお金が出せたんじゃないか」

 耳の痛い話が出てきて、信一郎は首をすくめた。

「健が中学受験する予定なんだよ。僕、ほんとに迷惑かけたんだなって改めて思った」

「してもらった分は、自分の子供に返してやればいい」

 信一郎の父は温かく答え、ぽんと肩をたたいた。

「そのぅ…親父たちは資産形成とか…やってるわけ?」

「定年が見えてきた段階で、母さんがイデコってやつを始めてたぞ」

「ええ!? スゴイな母さん…」

「詳しいことは母さんに聞いたほうが早いぞ」

 両親の資産形成の主導権は、意外なことに母親が握っているらしい。一度じっくりと、実家の資産戦略について解説してもらおう。そう思いながら信一郎は山のようなマンガ本を改めて見直し、ため息をついた。

40代は遅すぎない!老後まで20年以上あると考える<5-2>夫婦、老後を考える