米国株は代表的指標のS&P500種指数やダウ工業株30種平均が史上最高値圏で推移するほか、日経平均株価(225種)も今年に入ってバブル経済崩壊以降の最高値を更新しています。米国の金融政策が利下げに転換し、景気がソフトランディング(景気が急速な後退に陥らず緩やかな減速で安定成長に移行すること)するとの期待から株高になっているといわれます。

 一方、今年は11月の米大統領選など世界的な選挙イヤーに当たり、国際社会の分断が一層進むリスクも指摘されています。米景気がソフトランディングではなく急速に失速する懸念も根強いほか、日本銀行の金融政策の正常化、中国経済の低迷、長期化するロシアによるウクライナ侵攻、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの武力衝突など不確実性が高まっています。

 株高が続く中で投資家に死角はないのか。今年の相場の展望について、国際エコノミストのエミン・ユルマズ氏(複眼経済塾塾頭)に話を聞きました。

米景気はハードランディングの可能性高い

──これまで金融引き締めをしてきた米国がいつ利下げに転じるか、今年の相場を占う上で大きなポイントですが、どのような見通しを持っていますか?

 米国は今年、利下げはすると思います。一つはこれまでの金融引き締めで生じた実体経済のマイナス面を考慮して判断していくと考えています。

 利上げの効果は景気に遅れて表れるので、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)はこれ以上の利上げは引き締めのし過ぎにならないか懸念していると思います。米国の景気の先行指数がここ1年半ほど悪化していて、特に製造業関連の悪化が目立っています。

 ただ、いままで強かったサービス業も、ISM(全米供給管理協会)が1月5日に発表した2023年12月の非製造業の総合指数は市場予想を下回りました。FRBとしては、金融引き締めをし過ぎないことがポイントなので、利上げは昨年7月が最後で、今年利下げに踏み切ると思います。

 一方、FRBは利下げするにしても慎重に動くと予想しています。インフレ再燃の懸念があるからです。市場は今年利下げが0.25%刻みで5、6回あるとみて、株高になっています。

 しかし、株高で金融環境が緩和方向に動き過ぎてしまうと、インフレ再燃の恐れや物価上昇率が3%、4%台で高止まりするリスクもあります。FRBはそうしたリスクを想定し、利下げに慎重なメッセージを出してくるのではないでしょうか。

 もう一つは、中央銀行は政府から独立しているとはいえ、政治圧力を受けます。米国は今年11月に大統領選が控えているので、選挙前に余計なことをするなという圧力がかかりやすいです。イエレン財務長官が昨年12月の雇用統計が公表された後に米国経済はソフトランディングしたとの見解を示しましたが、これは選挙に向けた動きだと思います。

 FRBは金融引き締めをし過ぎて株価暴落や景気の冷え込みがないよう配慮しながらインフレ再燃リスクとのバランスを見ていくことになります。

──米国経済がハードランディングする懸念はありますか?

 ソフトランディングよりハードランディングの可能性の方が高いと思います。ソフトランディングやノーランディング(金融引き締め政策にも関わらず経済が減速もせず成長を続けること)を達成した例は今までにあまりありません。米国は雇用とサービス業がこれまで強かった一方、製造業がずっと悪化してきました。

 ここにきて消費や雇用が少し弱くなってくると、いよいよハードランディングなのかといった議論になります。ハードランディングが100%起こると言い切れませんが、可能性は高い。今は少なくとも楽観的に考える根拠はないんじゃないでしょうか。

 米国市場の相場を支えているのはGAFAMを中心とするハイテク株ですが、そうした企業は中国との取引が多くあります。中国経済は不動産バブルが崩壊して減速している上に、経済安保分野で米国との対立が増えています。株式相場はいままで中国経済の失速や米中対立をあまり検討していなかったので、いつ織り込むようになってもおかしくありません。

 逆にそういうシナリオがあるからこそ、FRBの利下げの議論が出ているとみています。米経済がソフトランディングするのなら、インフレ再燃リスクを冒してまで利下げをする必要はありません。インフレ率が物価目標の2%に落ち着くまで待てばいいだけです。でも、利下げの議論が持ち上がるのはハードランディングの懸念があるからです。

──昨年の米国株の好調は、GAFAMにエヌビディアとテスラを加えた主要テクノロジー企業「マグニフィセント・セブン」の7銘柄が支えてきました。生成AI(人工知能)普及への期待感も背景にありましたが、この流れが今年も続くかどうかは怪しいとお考えでしょうか?

 怪しいというと何か起きているみたいになりますが、現時点では確定的なことは言えません。ただエヌビディアにとって中国は大きな顧客です。バイデン政権が経済安保上の理由でAIやハイテク製品を中国に販売することに制限をかけるようになりました。

 中国市場をなくしたAI株は本当に今の高いバリエーション(企業価値評価)のままでいいのかという問題があります。株価はかなりの成長を織り込んで上昇したので、AIや半導体株はバブル領域(根拠なき高値)で、どこかで破裂する可能性があります。

マグニフィセント・セブンの2023年の株価上昇率
アルファベット(GOOG) 58.8%
アップル(AAPL) 48.2%
メタ・プラットフォームズ
(META 旧フェイスブック)
194.1%(約2.9倍)
アマゾン・ドット・コム(AMZN) 80.9%
マイクロソフト(MSFT) 56.8%
エヌビディア(NVDA) 238.9%(約3.4倍)
テスラ(TSLA) 101.7%(約2倍)
株価上昇率は2022年末終値比、小数点第二位以下は四捨五入

──どこかで破裂とは年内もあり得ますか?

 可能性は大いにあります。今の相場を1990年代後半のITバブルに例える人も結構いますが、今の米国のハイテク大手企業は兆ドル以上の時価総額になっていて、お金が集まり過ぎています。

 ITバブル当時のように中身がないテック企業の株価が上昇したわけではありませんが、アップルやエヌビディアなど現在の株価高騰は過剰流動性が生んだもので、遅かれ早かれ解消される運命にあると思います。