遅行する利上げサイクルと海外景気の不透明感

 ちなみに、のりしろは金融政策運営上、必要不可欠な機能の一つです。十分なのりしろがなければ、景気後退期に無理な緩和手法に頼らざるを得なくなり、経済の不安定化を抑止できないだけでなく、過大な副作用に苦しむことになります。

 おそらく植田総裁も、マイナス金利解除後、できるだけのりしろを確保しておきたいとの意識があると思われます。しかし、それがなかなか簡単にいかないと予想される背景を、以下で整理します。

 まず、米国の利上げサイクルとの関係です。上述した2006年3月の量的緩和解除は、FRB(米連邦準備制度理事会)が利上げを開始した2004年6月から1年9カ月後、2006年6月に利上げを停止する3カ月前のことでした。

 今回、来年の1月にマイナス金利政策を解除するとすれば、FRBが2022年3月に利上げを開始してから1年10カ月後ということになります。FRBはすでに利上げを停止しています。

 このように、米国の利上げサイクルに2年ほど遅れて動くというのがいつものパターンであり、今回も今のところ同じような軌跡をたどっています。

 金融政策は1年半から2年かけて景気に効いてくるため、米国景気が鈍化するタイミングで日銀は利上げに着手するという、言い方を換えれば、利上げを検討するときは決まって海外景気の不透明感が強まっているという、数奇な巡り合わせとなっています。来年の米国景気も不透明感が増すと予想されます。

GDPギャップの下振れ

 日本でも2023年7-9月期の実質GDP(国内総生産)が前期比年利マイナス2.9%と大きく下振れ、内閣府の推計するGDPギャップは、4-6月期の0.3%からマイナス0.6%に沈みました(図表1)。

 エコノミストのコンセンサスであるESPフォーキャスト(12月調査)の実質GDP見通しを利用してGDPギャップの先行きを試算したところ(図表1のドット)、プラスに浮上するのは2025年になってからという結果になります。政府が2024年中にGDPギャップのプラス化を確認してデフレ脱却宣言を狙っているとすれば、やや厳しい情勢となっています。

<図表1 日本のGDPギャップ>

注:GDPギャップは内閣府推計値。見通しはESPフォーキャスト(日本経済研究センター)の見通しを使用して楽天証券経済研究所が作成。シャドーは景気後退期。
出所:内閣府、日本経済研究センター、楽天証券経済研究所作成

 GDPギャップはマクロ経済の需給バランスを示す指標であり、日本経済がデフレから脱却しているかどうか判断するために政府が重視する指標の一つでもあります。しょせんはさまざまな仮定に基づく推計値ですから、そこまで数字に縛られなくてもと思わなくもありませんが、追加利上げが正当化できるほどの需給環境でないと言われれば、そうかもしれません。