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著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「日本銀行はマイナス金利解除後、追加利上げを行えるのか」
日本銀行は来年1月あるいは4月にも、マイナス金利政策を解除する公算です。気になるのは、その後どのくらいまで金利を引き上げるのか。実はこの点が、マイナス金利解除後の市場の反応を大きく左右する最も重要なポイントです。追加利上げに対する思惑が強ければ、長期金利の反応は大きくなります。
果たして日銀は追加利上げを行うのか。今週は、日銀の追加利上げの可能性について整理します。
12月総裁記者会見のハイライトは「ヒアリング情報」
日銀の植田和男総裁は12月金融政策決定会合後の記者会見で、7日の国会で述べた自らのチャレンジング発言(「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになるとも思っております」)について、「仕事の取り組み姿勢一般について問われたので、2年目にかかるところなので、一段と気を引き締めてというつもりで発言した」と釈明しました。
もっとも、今回の記者会見で政策的な意図があったかのような発言はできないわけですから、上のような言い方にならざるを得ず、今回の発言を額面通り受け取ることはできません。「2年目にかかるところなので」という説明も、総裁就任が4月であることを踏まえれば、「年末から来年にかけて」の説明としては少し無理があるように思われます。
それとは別に、記者会見では数回にわたって「ヒアリング情報」という言葉が強調されました。むしろ、こちらの方が記者会見のハイライトといえます。
特に、「支店長会議もありますし、地方を含めたさまざまな情報を吸い上げることもできます。そうした結果やデータを1月にかけて新しい見通しとして整理しますので、それらを含めて判断することになると思います」との発言から、1月11日の支店長会議で報告されたヒアリング情報により理論武装し、1月22~23日の金融政策決定会合でマイナス金利政策を解除するというシナリオが見えてきます。
2006年のデジャブ
いずれにせよ、来年になれば日銀がマイナス金利政策を解除するとして、気になるのはその後どのくらいまで金利を引き上げるのか、です。24日の日本経済新聞に「植田日銀は秘密利上げ目標持つか 1%目指した総裁も」という興味深い記事が出ていました。
記事では、日本銀行金融研究所の口述回顧録から、2006年3月に量的緩和解除に踏み切った福井俊彦総裁(当時)が、以下のような発言をしたことが紹介されています。
1%というのは金利機能が働く最低レベルの金利で、それ以上低いと、金利機能は十分に働かないという意識があった。仮にもっと状況が悪くて、量的緩和に戻るにしても、戻る距離が近いから容易に戻りやすいという意味で、1%というのは何となく頭の中から離れないでいた。
福井総裁が意識したのは「のりしろ」です。当時、筆者は日銀審議委員のスタッフとして金融政策の現場にいましたが、次に景気が悪化した時の政策対応余力、つまりのりしろをいかに稼ぐかを意識していたと記憶しています。
植田総裁も25日に経団連で行った講演で、「景気下振れに対する政策対応余地」との表現を使って、同様の趣旨のことを正常化のメリットとして述べています。
しかし、のりしろを稼ぐのは容易なことではありません。2006年も3月に量的緩和を解除して、7月に1回目の利上げに踏み切りましたが、その後7-9月期の消費が天候不順もあって不調となり、2回目の利上げが翌年2月までずれ込みました。
実は、その2006年後半、日銀の情報発信を巡って利上げする、しないのドタバタ劇が市場との間であったことを覚えています。7-9月期の消費下振れと合わせ、何となく今とよく似ています。
遅行する利上げサイクルと海外景気の不透明感
ちなみに、のりしろは金融政策運営上、必要不可欠な機能の一つです。十分なのりしろがなければ、景気後退期に無理な緩和手法に頼らざるを得なくなり、経済の不安定化を抑止できないだけでなく、過大な副作用に苦しむことになります。
おそらく植田総裁も、マイナス金利解除後、できるだけのりしろを確保しておきたいとの意識があると思われます。しかし、それがなかなか簡単にいかないと予想される背景を、以下で整理します。
まず、米国の利上げサイクルとの関係です。上述した2006年3月の量的緩和解除は、FRB(米連邦準備制度理事会)が利上げを開始した2004年6月から1年9カ月後、2006年6月に利上げを停止する3カ月前のことでした。
今回、来年の1月にマイナス金利政策を解除するとすれば、FRBが2022年3月に利上げを開始してから1年10カ月後ということになります。FRBはすでに利上げを停止しています。
このように、米国の利上げサイクルに2年ほど遅れて動くというのがいつものパターンであり、今回も今のところ同じような軌跡をたどっています。
金融政策は1年半から2年かけて景気に効いてくるため、米国景気が鈍化するタイミングで日銀は利上げに着手するという、言い方を換えれば、利上げを検討するときは決まって海外景気の不透明感が強まっているという、数奇な巡り合わせとなっています。来年の米国景気も不透明感が増すと予想されます。
GDPギャップの下振れ
日本でも2023年7-9月期の実質GDP(国内総生産)が前期比年利マイナス2.9%と大きく下振れ、内閣府の推計するGDPギャップは、4-6月期の0.3%からマイナス0.6%に沈みました(図表1)。
エコノミストのコンセンサスであるESPフォーキャスト(12月調査)の実質GDP見通しを利用してGDPギャップの先行きを試算したところ(図表1のドット)、プラスに浮上するのは2025年になってからという結果になります。政府が2024年中にGDPギャップのプラス化を確認してデフレ脱却宣言を狙っているとすれば、やや厳しい情勢となっています。
<図表1 日本のGDPギャップ>
GDPギャップはマクロ経済の需給バランスを示す指標であり、日本経済がデフレから脱却しているかどうか判断するために政府が重視する指標の一つでもあります。しょせんはさまざまな仮定に基づく推計値ですから、そこまで数字に縛られなくてもと思わなくもありませんが、追加利上げが正当化できるほどの需給環境でないと言われれば、そうかもしれません。
投資家の負担と予算への影響
長く続いたイールドカーブ・コントロールによって低位で安定した長期金利が当たり前となり、金融機関をはじめ多くの投資家がそうした前提の下でポートフォリオを組んでいます。こうした状況で急激な長期金利の変動が生じれば、多くの投資家の損失と混乱につながる恐れがあります。
物価の安定だけでなく、金融システムの安定も日銀に与えられた使命であり、金融市場が不安定化しないよう、慎重に正常化を進める必要があります。
政府にとっても長期金利が想定以上に上昇すると、計上していた予算額(国債費)が不足するため、大きな影響を受けることになります。財務省では、直近の一定期間をとって10年金利を平均し、それに過去2回の金利ショック(1998年12月の「運用部ショック」、2003年6月の「VaRショック」)の金利上昇幅1.1%を足して、予算の想定金利を計算しています。
2024年度当初予算案における想定金利は1.9%。それを上回るような長期金利の上昇が生じれば、補正予算による国債費の補充が必要になる可能性も出てきます。
以上の諸点を勘案すると、日銀が長期金利の上昇につながる追加利上げを立て続けに行うとは考え難く、例えば10年金利の上限の「めど」を残すといった措置で長期金利の跳ね上がりを抑制しながら、慎重に追加利上げを検討していくのではないかとみています。
仮に1月か4月にマイナス金利政策を解除したとしても、海外景気の不確実性の高さを理由にしばらく様子見が続き、年後半にかけて海外景気がしっかりしてくれば、小幅の追加利上げを実施すると予想しています。
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