ドル/円こけたら見えること

 筆者は、トウシルにおいて、ドル/円は専ら米金利をシグナルに読むことを強調してきました。2022年10月まで円安一辺倒の時は、円安を都合良く説明できそうな日本衰退論、貿易赤字論などを専門家が唱えていました。しかし、その後、127円までの円高になり、それがまた150円台の円安になり、さらにそれがまた140円の円高に振らされると、さすがに米金利でしか相場対応できないことが明々白々になります。要は、相場によってしっぺ返しを食らった事後にしか、相場論調はなかなか変わらないのです。

 ドル/円が130円に至ると、今現在モヤモヤしていること、誤認識されていることなどが、事後的にある程度クリアになっている可能性があります。

 第1に、やはり米金利こそがドル/円相場のドライバーであることが、より強く認識されるでしょう。そこから逆に、ドル/円が130円以上か以下かと米金利の水準を照らし合わせると、米景気が底堅さを保つか、軟着陸か、後退かも、定まっているでしょう。

 第2に、金利低下サイクルにおいて、かつてドル/円相場に見られた100円、75円といった劇的雪崩は、米景気がよほどの悪性リセッションにでもならない限り、起こりそうもありません。今回130円を想定するのは、貿易・経常収支など国際収支に見る円高抑止の効果を評価するためです。国際収支で読む為替需給は、相場の潮目を捉えるシグナルとしては役に立ちません。しかし、相場の底流への圧力としては意味があるのです。

 第3に、投資家を振り回す相場心理です。特に日本国内のドル/円相場に関する論調は、円安に振れても不安、円高に振れると怖い、という心理の振れそのままに展開しがちです。米金利に沿って動くロジックをきちんと踏まえていれば、円安・円高の展開を淡々と活用して取り込むだけです。

 第4は、日本の自律性が見直されるでしょう。2022年、輸入インフレを招く「悪い円安」と不安をあおる国内論調に対して、筆者は繰り返し、その円安とインフレがもたらす企業収益の改善、デフレ心理の減退、そして株高の効果を強調しました。その延長線上で、企業の賃上げや改革機運の余地が生まれ、株価も1990年のバブル後の最高値を更新するまでに至りました。しかし円高になると、輸入インフレは鈍化し、企業業績も鈍化し、日本は本当に自主自立的に変われるのか、真価を問われるでしょう。

日銀のドル/円インパクト

 第5に、日本銀行の政策の自律性も問われるでしょう。最近は、日銀がYCC(イールドカーブ・コントロール)見直し、マイナス金利解除の臆測で、ドル/円が動き、日銀政策に対する市場の注目度が高まっています。もっとも、市場が反応するのは、2022年12月度同様に、米金利が下がって、投機筋の円キャリー・ポジションが浮き足立っているからです。2023年7月と10月のYCC見直し時は、円高インパクトは一瞬で、すぐに円安になりましたが、これは米金利の先高感が優性要因だったからです。

 日銀政策の変更には、神経質な投機ポジションの調整を誘う効果はあります。しかし日本の金利の変化はあっても微々たるもの。米金利の変化による実質的な為替インパクトに比べるとさまつなものです。

 ドル/円130円が実現するなら、経済界、市場、政治サイドは円高におののき、日銀の金融引き締め措置はかなりの制約を受けるでしょう。米金利低下が、米株式相場で好感されているうちはまだしも、米景気悪化に伴う株安に至れば、日銀の金融緩和解除の余地はほぼ無くなるとみています。

なぜ使えない情報が出回るか

 ドル/円相場はまず米金利で読むという基本が、相場論調の主流になるまでには、相場の高下を繰り返す必要がありました。日銀政策のインパクトを強調する声は今も根強く続いています。こうした相場実践で使えない、あるいは、逆手に取るべき情報が信じられ、流布されるのはなぜでしょうか。

 第1に、円安になれば円安に都合の良い材料の解説論調が全て否定されることなく、繰り返されます。人は、真実でなくても、繰り返し聞くだけで、事実として信じる性向が強いのです。まして、相場の動きと重ねて見ることで、市場が証明しているかの錯覚も強まります。相場には短期的に、皆がそう思うことで実際にそう動く自己実現という展開があるため、都合の良い情報を信じ込ませる、強烈な相乗作用が働きます。

 第2に、データよりも、人の話を信じやすい性向です。ウワサ話でも、同じ話を知人2人から聞くだけで、人はあっさり信じ込む性向があります。また、好みの「専門家」の解説は、権威からお墨付きを得たように受け入れてしまいがちです。

 第3には、個人的な成功体験があります。その成功が、自分が認識している因果関係が正しかったからかどうかは不明でも、この材料を評価してもうかったという事実は、自らの洞察の正しさを確信させる強烈な作用があります。今後も再現性あるロジックかはともかく、たまたまの成功かもしれない判断を真理のように思い込むのです。相場が動くとき、もうかった人の数だけ、この心理的ゆがみが発生すると言っても過言ではありません。

 ドル/円のトレンド転換は、相場についての誤解を解き、ロジックを学ぶ格好の場面です。DIY投資を目指す方は、2024年の相場での試行錯誤を、ぜひ一緒に楽しみましょう。そして勝ちとりましょう。

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