これまでのあらすじ
信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。小学校4年生の息子・健の成績が急上昇したことで、中学受験問題が急浮上。夫婦は教育費について真剣に話し合うことになり…。
インフレの昨今、学費も上昇中
「健、えらいっ! すっごいがんばったのね!」
理香は大喜びで息子の健を抱きしめようとする。最近スキンシップを照れくさがるようになってきた健は、その腕をするっと交わしてうまく逃げ、理香の腕はスカッと空を切った。
「せっかくほめてるのに、もぅ…」
70点台が平均だった健の成績だが、夏休み明けの中間テストで、全教科90点以上、中には100点のテストもあり、理香は感激していた。
「ま、ヨユーだね。オレが本気出したらこんなもんだよ。リョータんちに遊びに行ってくる」
「4時には帰ってくるのよ! ご迷惑にならないようにね!」
ゲームを片手に駆け出していった健の背中を見送りながら、理香は改めて健のテストを見直した。
ほんの数か所バツがついているものの、凡ミスや漢字の書き間違いがほとんどで、学んだ内容はほとんど理解している様子だ。
「ほんの2週間程度だったけど、塾ってスゴイ…」
学校の友達に影響され、駅前の進学塾の夏期講習に通っただけなのに、以前に比べて格段に理解度が増し、成績が急上昇している様子に、理香は感服のため息をついた。
「さすが、プロが教えると結果が違うな…」
その夜、健と美咲が寝た後、状況を知らされた信一郎も感心してテストを見ている。教える側の腕はもちろんだが、友達と一緒、という安易な発端とはいえ、健自らが「行きたい」と言っただけに、まじめに講習を受けたことも大きいのだろう。
「ね、すごいでしょう。ゲームとサッカーにしか興味がない、普通の子だと思ってたんだけど、もしかしたら将来、化けるかも」
理香がうきうきと信一郎のグラスに焼酎を注ぐ。
「ちょっと高いけど、このまま週1か週2で塾に通わせるのもいいわね」
「だけど、健本人は何て言ってるんだ? このまま塾に行きたいって?」
まだそこまで聞いてない、と理香は肩をすくめた。
「めんどくさがりだからね。サッカーする時間が減るのが嫌だとか言い出しそう」
「まずは本人の意思を確認することが大事だろ。それに、成績が上がるのは悪いことじゃないけど、将来中学受験させるつもり?」
「確かに、受験させないなら塾は必要ないわよね…」
理香はうーんとうなった。
健が仲の良い友達のママで作ったグループLINEに入っている理香だが、昼間は仕事で多忙なため、ほぼ流れを追うだけで、ほとんど自分から発信はしたことはほとんどない。皆の発信を追っているので精一杯なのだが、最近はやはり、「塾」「受験」というキーワードが増えてきているのは確かだ。
「レン君ママも、リョータ君ママも、ソラ君ママも、中学受験させたいみたいなのよね…。ほかの子のママも情報収集を開始してるみたい」
健が通う公立小学校からは、乗り換えが発生するが5駅となりのB学園か、電車で約50分程度と遠いが、沿線上、乗り換えなしで行けるA大学付属中学を受験する子供が多いようだ、と理香は信一郎に路線図を見せながら説明した。
「私、A大学付属中学にすごく興味があるの。口コミの評判もいいし、校風も比較的自由。スポーツも盛んだし、健には合ってるんじゃないかな…」
おいおい、と信一郎は苦笑した。また理香の暴走が始まりそうだ。
「本人に聞いてみないとわかんないだろ」
「学校説明会や見学会があるのよ。リョータ君ママは行くっていってるし、私も健を連れて行ってみようかなって思ってる」
ひとまずうなずいてやりながら、信一郎は理香にくぎを刺す。
「塾に通うかどうかより、受験させるかどうかを先に決めるべきじゃないか? 受験しないのに塾に通わせるのはもったいない」
「本人のやる気を待ってたら、絶対に火なんて着かないと思う。親が背中を押してあげるくらいでいいんじゃない?」
「とはいっても、私立中学の学費ってどれくらいするんだ?」
「それが…」
理香が顔を曇らせる。
「調べてびっくりよ。公立と比べるとすっごい高いの。しかも、毎年、学費がじわじわ上がってるの。健が実際に中学に入るころにはどうなってることやら…」
と理香は頭を抱えた。
令和3年度子供の学習費調査(文部科学省調べ)