長期金利軟化への流れ

 債券投資家には、4%台後半~5%にも至った長期債は「買い」という思いが少なからずあるでしょう。しかし、今年ここでまた損を重ねてしまうリスクに慎重になるのは人情です。そんな彼らが、自信を取り戻すには、少なくとも景気・インフレ指標の陰りや、FRB高官のハト寄りのお墨付きなどの支援が必要でしょう。

 当面のチェック・ポイントは、11月公表の10月景気・インフレ指標の陰り具合と考えています。7~9月の景気指標は、陰りの兆候が見られつつも、全体としては思いがけず強振れたことは確かです。アトランタ連邦準備銀行が個別指標の発表ごとに、その結果をGDP(国内総生産)に換算するGDPNowでは、7~9月GDP成長率が年率5.4%にもなりました。このレポート公開の前夜に公表される実際のGDPの予想値(Bloomberg集計)も年率4.5%と、巡航ペースとされる1.8%を大きく上回ります。

 しかし、この景気の強さを基調的なものかは疑わしく見ています。恐らく、夏期休暇期のレジャー・旅行などへのリベンジ消費支出増、それによるサービス部門の活況、さらに、製造業の投資や、供給不足による住宅建設増などが折よく重なっての上振れと推測しています。

 このことは、10~12月には反動での鈍化があり得ると解釈されます。折しも10-12月期には、コロナ禍の財政給付金の使い果たし、バイデン政権が徳政令を出したはずの学生ローンの返済再開、金融引き締めの累積的効果がじわり現れると見ています。それが来年前半の景気抑制へ尾を引く可能性があります。

 もちろん、景気の鈍化あるいは悪化の程度、インフレ減速の程度いかんのことではありますが、景気・インフレのサイクルが下方に向かえば、さすがに債券金利は高止まれず、ある程度下がると見ています。それには11月からしばらくの期間を要するでしょう。逆に捉えると、11月には、債券投資家の不安とそれをあおる投機の次ラウンドが続くであろうと、警戒を保っています。

財政赤字という長期課題

 また、景気・インフレの下降サイクルに至って、債券金利の下がり方について、初めて実質的な影響を探れる重大問題があります。財政赤字です。

 米民主党政権には、大きな政府への志向があり、財政赤字を膨らませがちです。バイデン政権は、大規模なコロナ禍対策に加えて、インフラ整備、ハイテク企業の国内誘致支援などで、財政赤字を大きく膨らませました(図3)。それが、その後の大インフレ分だけ名目GDPが拡大し、税収が増え、一見すると、財政赤字もさほど問題にならないような期間があります。

 しかし、インフレが鈍化し、景気が鈍化する段になると、名目GDPの伸びも鈍り、税収が鈍ります。拡大した財政赤字をこれからも賄えるのかと、先行きに不安が出ると、米国債の信用は損なわれ、その分だけ金利にプレミアムの上乗せを求められるようになります。

 これを「タームプレミアム」と言います。図4には、最近の長期金利について、タームプレミアム分と、タームプレミアム以外の部分(基本的に、向こう10年の短期金利について市場が織り込む水準の平均)を描いています。最近の長期金利の上昇は、将来にわたる景気・インフレの高止まり観を背景にした短期金利予想の上振れ以上に、タームプレミアムが加速していることが見て取れるでしょう。

 歴史を振り返ると、1980年代前半の財政赤字拡大、後半の財政破綻懸念を思い起こさせます。この時期に、米国債10年金利は名目GDP成長率を上回り続けました。このことは、米国は財政赤字を自らの経済活動で賄えるのか、ということが問われたのです。

図3:米国は財政赤字を賄えるか

出所:Bloomberg

図4:米国債10年金利とタームプレミアム

出所:Bloomberg

株式と金利のこれから

 債券市場において巨大ファンドの投機が止まることはないでしょう。しかし投資家が債券購入への自信を取り戻す状況では、投機のあり様も金利高をあおる方向ばかりではなくなります。そのためにも、景気・インフレの陰り具合の確認が必要と考えています。

 足元の債券相場は、長期金利が5%到達後の揺り返しでいったん軟化しており、おそらくFOMC(米連邦公開市場委員会)前に、金利高をひどくあおる投機も盛り上がりにくいかと見ています(相場のアヤであり、強い予想ではなく、単に感触です)。しかしFOMCの結果確認後は、彼らも動きやすくなります。雇用統計やCPI(消費者物価指数)などインフレ指標に軟化の兆しが出ない限り、あるいは、堅調な部分があれば、相場を刺激する投機が続くと思われます。

 株式相場は長期金利次第の神経質な展開を継続すると想定します(図5)。ただし、投機が活発なままでも、長期金利が5%という節目に絡んでいること、10~12月分の景気・インフレ指標は陰る可能性があることから、売られるばかりではなかろうという希望的観測も維持しています。

 そもそも10月からの株の秋相場は、短く小さな波動の繰り返しの中で、エヌビディアやGAFAMの主導でどこまで上がれるかという見立てでした。長期金利次第とはいえ、株式相場は、10月上旬に上伸し、中旬に調整となり、下旬は失地回復を模索する小波動、11月1日のFOMCを区切りとして、また10日前後の波動を繰り返して持ちこたえ、12月には近年季節パターンとして投資家に刷り込まれている調整反落、年明け後に再始動…、こんな展開イメージを抱いて相場に臨んでいます。

 なお、金利次第で生じる神経質な相場波動の下値付近では、毎回ここで金利が上がれば相場は底抜けかという警戒を怠れません。他方で、今年の相場を数社でけん引してきたと言って過言でないエヌビディアやGAFAMなどのAI(人工知能)テーマ株は、景気悪化や金利高にもある程度耐性があると見ています。したがって、この秋相場は、短期で、折々に下方リスクにヤキモキ構える目線と、中期で、選別した銘柄・業種の買い入れ水準とタイミングを考える視座を、同時に働かせています。

図5:米株QQQ と 米10年国債(価格)

出所:Bloomberg

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