中国が8月1日からガリウム、ゲルマニウムなどの「輸出許可制」を実施

 日本を取り巻く経済安全保障問題が激化しています。8月1日、中国政府が、希少金属(レアメタル)に相当するガリウムとゲルマニウムの関連品目についての輸出規制の実施を開始しました。

 ガリウムは、LED、ソーラーパネル、EV(電気自動車)向けのパワー半導体など、次世代の半導体の材料として、ゲルマニウムは、太陽電池、光ファイバー、および半導体の材料として使われています。特にガリウムに関しては、中国が世界の埋蔵量の85%、生産量の94%を占めている状況で、かつその主要輸入国を見ると、日本がトップで、ドイツ、オランダと続きます。

 この新たな規制措置は、中国商務省(日本の経済産業省に相当)と税関が連名で7月3日に発表した内容に基づくもので、発表から実施まで1カ月弱の日数があったこともあり、この期間、日本企業を含めて、中国取引先への注文が殺到したといいます。

 8月1日を跨いで、事態はどう変化していくのか。日本の産業や企業活動への潜在的、実質的影響も懸念されます。

中国政府の意図はどこにあるのか?米国への報復措置か?

 7月3日にガリウム、ゲルマニウムの輸出規制措置を発表した後、商務部の報道官がその背景、理由について比較的詳細に説明しています。中国政府としては、自国が独りよがりに資源を独占しているわけではない、サプライチェーン(供給網)を遮断しデカップリング(切り離し)をあおろうとしているわけではない、世界経済の一員としての責任を果たすのを放棄したわけではない、といったメッセージを発信する意図があったのでしょう。

 商務省の主張を整理すると次のようになります。

  1. 今回の措置は「禁輸」ではなく、輸出制限である
  2. 制限する目的は、国家の安全と利益を守ることである
  3. 中国は引き続きサプライチェーンの安定化にコミットしていく
  4. ガリウム、ゲルマニウムには「明らかな軍民両用という属性」があり、輸出規制は国際的に普遍的な手法である。WTO(世界貿易機関)、米国、欧州にも事前に説明している
  5. 今回の措置は、特定の国家を標的にしたものではない

 やはり、習近平政権下で強化されている、国家安全保障が経済活動よりも優先されるという政策的傾向が如実に表れていると見て取れます。と同時に、米中対立という足元最大の地政学的難題も深い次元で影響しているように思われます。

 昨年10月、米国政府は中国に対する半導体輸出規制を発表しました。対象となったのは、AI(人工知能)、スーパーコンピューターなどに使われ、大量破壊兵器の開発や最新の軍事システムなどに転用が可能な先端半導体や製造装置です。上記の(3)にもあるように、今回中国が輸出規制したガリウムは、軍事用レーダーの解像度向上にも使われ、軍事転用が可能な素材です。(5)で特定の国家を標的にしたものではないと断っていますが、米国の対中封じ込め策に対する報復措置という色彩は極めて濃いと私は考えています。

 その後、日本とオランダも米国の政策に実質同調し、中国政府も両国への不満をあらわにしています。中国としては、今回のガリウム、ゲルマニウムの輸出規制を打ち出すに当たり、国際社会に対して、「責めるなら米国を責めてくれ」といいたいのでしょう。

 繰り返しになりますが、今回の措置は相当程度、米国という特定国家による対中規制に対する報復措置という意味が込められている一方、米国だけではなく世界全体を対象にしたものだからです。中国は、ガリウム、ゲルマニウムという、対中依存度の高い資源を持ち出し、関連諸国、企業に圧力をかけることで、「悪者は米国。中国は被害者」というナラティブ(物語)を作り、広めていきたいのだと思います。

今後の見通し。日本企業への影響も

 今後の見通しを占う上で、中国政府が持つ戦略や意図をしっかりと押さえておく必要がある、というのが私の基本的立場です。最近のレポートでも検証してきたように、足元、中国経済は低迷しているわけで、外国政府・企業との良好な関係を構築することによって、景気を少しでも上向かせたいというのが中国政府の本音だと思います。「敵対国」である米国の閣僚(ブリンケン国務長官、イエレン財務長官、ケリー気候変動担当大使)が頻繁に中国を訪れ、中国側とハイレベル協議を行っている背景には、中国の「弱み」が潜んでいるのです。

 その意味で、中国は今回のガリウム、ゲルマニウムの輸出規制を通じても、国際社会全体、外国企業全体を敵に回したいわけでは毛頭ないはずです。中国が規制を強化しすぎれば、現在すでに米国主導で「フレンドショアリング」が始まっているように、米国の同盟国や有志国が「鉱物安全保障パートナーシップ」を強化し、サプライチェーンで脱・中国化の動きが加速するでしょう。それは中国としても見たくない現実であり、だからこそ、孤立を避けるための対策に奔走すると見ています。

 具体的には、上記(1)で示されているように、「規制」の実態は、外国企業がガリウム、ゲルマニウムを輸入する際に、中国当局に申請する必要があるというものです。昨年10月にバイデン政権が発表した半導体の対中輸出「規制」は、実質「原則不許可」ですが、今回の中国による措置はどうなるのか。まだ実施されたばかりなので、しばらく様子を見てみないと分かりませんが、中国政府は「原則不許可」にはしないと私は分析しています。

 対象と用途、次第でしょう。要するに、どの国のどの企業が輸入しようとしているか、それらの企業が輸入した資源を何に使おうとしているのか、これらを「手続き」という名義でワンクッション入れるということです。少なくとも、購入側からすれば、これまでよりも手間がかかるわけですが(あとは何に使おうとしているのかといった企業情報が中国政府に漏れてしまうリスクもある)、申請さえすれば、これまで通り買える可能性は十分あります。

 中国は、戦略的競争相手である米国の多くの企業への輸出は許可しないでしょう。一方、(どれだけ需要があるかはともかく)ほとんどの新興国、途上国には実質無条件で輸出を許可するでしょう。鍵を握るのは、その間にいる国です。対中半導体規制で米国に同調する日本、オランダ、および欧州、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった西側先進国の企業に対しては、中国関連当局も慎重に選別、判断しつつ、許可不許可を決定していくものと思われます。

 一つ言えるのは、一民間企業が中国の取引先から特定の資源を輸入するという行為、プロセスにおいて、国家間の攻防が前代未聞の次元で影響してくるという点です。若干乱暴な言い方をすれば、中国の日本の対中政策に対する不満度と警戒心が強まれば強まるほど、日本企業は中国から希少資源、戦略物資を購入できなくなる、中国市場から締め出される可能性・リスクが高まるということです。

 企業家も、投資家も、このような不都合な現実を、これまで以上に直視していかなければならないということだと思います。