基本ポートフォリオを定める意味は?

 資産運用の世界では「基本ポートフォリオ」という言葉をよく聞く。何やら真面目で有り難そうな字面の言葉だが、どのような意味があるのだろうか。

 予言するなら、おそらく来年、2024年には、読者はこの言葉をしばしば目にするにちがいない。わが国の公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の基本ポートフォリオ改定が予定される年に当たっているからだ。5年ごとに行われる公的年金の財政再計算と政府が作成する中期財政見通しに付随する経済見通しを踏まえて、検討される。計算機のパワーが向上した時代なので、一国の年金財政といえども毎年計算できそうに思わないでもないが、今のところ財政再計算は5年に一度行われる言わば儀式であり、これに伴って基本ポートフォリオが改定されるのが普通のサイクルなのだ。

 さて、基本ポートフォリオとしてイメージされるものは、「国内債券25%、国内株式25%、外国債券25%、外国株式25%」といった、アセットクラス(資産分類)とその比率をセットで定めた、いわゆるアセットアロケーション(資産配分)だ。

 現実の運用を考えると、アセットアロケーションには「実際のポートフォリオ」の数値と、一ヶ月なり、一年なり運用者が適当だと思う期間の後に達成したい「当面の目標ポートフォリオ」があるのが普通だろう。では、これらのポートフォリオと基本ポートフォリオの関係はどうなっているのか。基本ポートフォリオにはどんな意味があるのか。

 GPIFのホームページでは以下のように説明されている。

「長期的な運用においては、短期的な市場の動向により資産構成割合を変更するよりも、基本となる資産構成割合を決めて長期間維持していくほうが、効率的で良い結果をもたらすことが知られています。このため、公的年金運用では、各資産の期待収益率やリスクなどを考慮したうえで、積立金の基本となる資産構成割合(基本ポートフォリオ)を定めています。」
基本ポートフォリオの考え方

 短期的にポートフォリオを変更するよりも、長期的に固定した比率を維持する方が「効率的で良い結果」をもたらすと言っているが、なぜなのか、理由を説明してはいない。

基本ポートフォリオの期間

 では、長期的に比率を固定するのがいいとして、「長期」とは具体的にどれくらいの期間なのだろうか。同じく「短期」とは、どのくらいの期間か。例えば、「1年」は短期なのか、長期なのか?

 また、長期に固定することが有利な理由がなぜなのかも知りたいところだ。仮に、短期的な市場の動向を有効に予測できて、ポートフォリオを調整できるなら、長期は短期の積み重ねなので、その方が結果は良くなると考えられないか。

 年金基金や運用会社の最大公約数的な「現実」をざっくり説明すると、基本ポートフォリオの想定期間を5年程度で考えて、「当面の運用計画」を数ヶ月から1年くらいで考えていることが多いが、「5年」、「1年」に運用理論的な根拠はない。「財政再計算が5年単位だから」、「仕事の大きな単位が年で、毎月単位で運用方針の会議を開いているから」、何となくそうなっているというのが現実であるように思われる。

 さて、あるべきポートフォリオは、(1)推定リスクと(2)期待リターンと(3)調整コストの三つの変数が決まると、各時点で決定することができる。

 ここで、ポートフォリオの調整コストがゼロの世界を考えると、推定リスクと期待リターンに変化がある都度に最適で理想的なポートフォリオに組み替えたらいいので、そもそも「5年」とか「1年」といった計画の期間を設定する必要がない。庶民の数百万円のポートフォリオでも、ざっと200兆円になるGPIFのポートフォリオでも事情は同じだ。

 しかし、通常は、巨額のポートフォリオのアセットアロケーションが毎日大きく変更されるというようなことは起こらない。その理由は、一つにはポートフォリオの調整コストがゼロではないからで、もう一つには推定リスクと期待リターンの値を頻繁に更新できるような情報と判断力を運用者が持っていないからだ。実務的には推定リスクとして使われる数字は比較的安定しているので、問題は期待リターンなのだが、率直に言って期待リターンの予測は難しい。

 あるべきアセットアロケーションの想定期間は、判断力も含めた(1)、(2)に関する「情報」の更新スピードと(3)ポートフォリオの調整コストから決まる。GPIFのような巨額のポートフォリオは比率を変更するための売買のコストが大きいので、相対的に小さくて小回りが利くポートフォリオよりも、最適な変化スピードはゆっくりになるはずだと一応考えていい。

 では、GPIFよりも小さな基金のポートフォリオが頻繁に構成比率を大きく変えているかというと、年金基金の世界では、そのようなことはない。それは、情報の有効な更新が頻繁には起こらないということであり、特に、期待リターンに関しては、長期のものを短期にもそのまま当てはめるしかない、という辺りが現実であることを映している。

 こう考えると、「当面の目標ポートフォリオ」と「基本ポートフォリオ」の関係は曖昧になるし、基本ポートフォリオがどのような期間で設定されるのがいいのかは謎のままだ。

 思い切って真実を言ってしまうと、アセットクラスの期待リターンに関して他人を納得させられる根拠と自信を持って答えられる人は、基金にも運用会社にもいない。しかし、彼らが、期待リターンと無関係にポートフォリオを作っていると言える訳でもない。ポートフォリオの最適性を仮定すると、アセットクラスごとのウェイトが現実に存在するということは、推定リスクを前提とすると、期待リターンを決めたのと同じ事を意味するからだ。期待リターンは、推定リスクとウェイトの数字があれば逆算できる(逆算した期待リターンを「インプライド・リターン」と呼ぶことがある)。

基本ポートフォリオの許容乖離幅

 基本ポートフォリオが持つ実務上の意味の一つに、「複合ベンチマーク」として、運用を評価する基準になるという機能がある。「長期で考えた理想像」と「短期の判断・オペレーションの結果」を較べて、後者を通じて運用者の仕事ぶりを評価するのだ。

 この場合、基本ポートフォリオはベンチマークとして評価の対象であると同時に、相対的なリスク測定の基準でもあり、さらに「特段の判断を持っていない場合に保有されるべきポートフォリオ」の意味合いを持つ。

 年金基金の場合、「特段の判断」は持っていないのが普通であり、GPIFが言う「基本となる資産構成割合を決めて長期間維持していくほうが、効率的で良い結果をもたらすことが知られています」との経験則を頼りにしているので、基本ポートフォリオがそのまま目標となり守るべきポートフォリオとなる場合が多い。

 だが、現実の市場では、株価をはじめとして資産価格が動くので、ポートフォリオの構成比率には基本ポートフォリオとのズレが生じる。

 ここで、基本ポートフォリオから幾らでも離れて良いとすると、基本ポートフォリオを定める意味が薄れてしまう。通常は、アセットクラスごとに、基本ポートフォリオの比率から何%まで離れることを許容するかという「許容乖離幅」が設けられる。

 GPIFの場合、国内株式が±8%、外国株式が±7%、国内債券が±7%、外国債券が±6%、で加えて内外を合わせた「債券」と「株式」がそれぞれ±11%、という許容乖離幅が設けられている。

 大まかな区分では、ルール上債券と株式を、「6:4」から「4:6」以上に変化させることができる訳で、この許容乖離幅は運用会社などが考える普通の運用常識から見て、あり得ないくらい大きい。おそらくは、現実に許容してもいいと考える乖離幅を正直に発表してしまうと、大きな市場変動があった際に他の市場参加者にポートフォリオ調整のための売買を読まれてしまうので、大きめの数字を発表しているのだろう。

 では、どれくらいの乖離幅を許容することが適当なのかというと、確たる根拠は見つからない。運用されているポートフォリオと基本ポートフォリオの相対的なリスクを計算して、一定以上のリスクにならないように決めるやり方はあるが、「相対リスク」が幾らまでならいいという決め方がある訳でもない。

 許容乖離幅は基金や運用会社の経験則から漠然と決められているのが現実だ。

 GPIFのような株式が全体の半分くらいのポートフォリオの場合、許容乖離幅は国内株式あるいは外国株式で3%程度、せいぜい大きくても5%くらいまでだろうと「筆者は」思うが、これとて、運用会社や基金の仕事から漠然と導き出した経験則に過ぎない。

 基本ポートフォリオは許容乖離幅についても曖昧だ。

基本ポートフォリオのリバランス

 運用しているポートフォリオの構成比率が基本ポートフォリオから乖離したときに、許容乖離幅の中であっても、基本ポートフォリオの比率に戻そうとする「リバランス」と呼ばれる調整が行われることが一般的だ。

 一定の期間ごとに行ったり、一定以上の乖離が起きた際に行ったり、リバランスに至るトリガーは運用者によって様々だが、機関投資家の運用では、現実にはある程度ルール化されている場合が多い。

 理屈を厳密に考えると、ポートフォリオの比率は、「情報」の変化に応じて、調整の「コスト」を踏まえて行うべきなので、「1年ごとに」とか「2%乖離したら」といったルールのどれがいいかを論じている段階で既にあるべき姿から遊離しているのだが、過去のリターンデータを使ってリバランスのルールの優劣を比較するような調査が行われることが少なくない(殆どは無意味だ)。

 たかだか2、30年のデータを使って計算してみた比較に大した意味はないが、リバランスを行う何らかの根拠が欲しいという気持ちは分からなくもない。多くの人が、「基本となる資産構成割合を決めて長期間維持していくほうが、効率的で良い結果をもたらす」と信じているからだ。

 運用の実務者にとって、スッキリとした根拠や自信はないけれども多くの人が信じているという事実は重い。金融の世界は意思決定の良し悪しが数字で出るところが厳しいが、それが厳しいが故に、他人の選択が気になるというのが一方の現実でもある。

個人投資家の基本ポートフォリオ

 では、個人は基本ポートフォリオについてどう考えたらいいのだろうか。

 現実には、アセットクラスをどう分けるかという辺りから難しい問題があるが、現実的には、(1)リスク資産を保有する金額、(2)リスク資産の最適な組み合わせ、の二つを考えるといい。

 リスク資産の保有額については、年金基金の真似をして比率(%)で考えたくなるが、個人の場合、所得、資産、負債、就労状態、健康など複数の且つ影響の大きなファクターがあるので、比率ではなく「金額」を直接考える方が的確だ。

 多くの自称専門家は(十数年前の筆者自身も含めてだ)個人のポートフォリオでも比率(%)で考えようとするが、「幾ら損したら、どのくらいの影響があるか」ということを考えて、そこから逆算したリスク量を持つのが現実的だ。

 また、このように考えると、リスク資産が値上がりで増えた場合、「今時点から見た想定損失額」もほぼ比例的に大きくなっているはずだが、財政的な損失の許容額も大きくなっているはずなので、リスク資産の金額はそのままでも問題のないケースが多い。

 リスク資産間の構成比率は、例えば「国内株式40%、外国株式60%」(年金基金が使う期待リターンから素直に計算するとこのくらいの比率になることが多い)、「国内株式20%、外国株式70%、国内REIT10%」(J−REITに注目した場合)、「全世界株式100%」など様々なものがありうる。

 円ベースでリスクを測っていると、国内株式を全世界株の比率(現在6%弱)よりも持ちたいと思う推定リスクと期待リターンを想定する場合が多いかもしれない。

 但し、近年、国内株式と外国株式のリターンの相関係数は0.8に近いレベルまで上昇しており(数年前よりも明らかに上昇している)、両者の連動性が強まっている。例えば、前記の3つのアロケーションだと、実際に運用してみた結果は似ているだろうし、どれがいいのかは現時点では判然としない。また、運用の前提条件となる個人の経済状態の変化を考えると、リスク資産の中身のバランスよりもリスク資産の適切な金額を管理しておくことが重要だ。

 リスク資産間のバランスは影響がないとは言わないが、影響の大きさが小さく、また努力によって改善できる余地が小さい。たかだか数億円程度までが多い個人の資産運用にあっては、そこまで「解像度」を上げて拘ることに意味が乏しい場合が多いと思う。金融業者やFPは関与したがるだろうし、例えば資産のリバランスが重要だなどと言ってアプローチしてくるだろうが、真に受けない方がいい。

「全世界株式100%」だと、正直なところもう少し国内資産を持ちたいとも思うが、その効果は判然としないし、差があるとしても(事前の意思決定ベースでは)微差だ。一方、このように割り切るとリバランスが不要になるし、複数の口座に運用資産がまたがったときに管理がしやすい。

 加えて、現実的には、複数の資産クラスを組み合わせようとすると、リスクやコストの管理、運用商品の選択などでミスを犯しやすいだろう。

 経済的な条件に特段の困難がない場合は「当面使うお金はよけておいて、それ以外は全世界株式100%」が現実的で無難な個人の基本ポートフォリオになる場合が多いだろう。

 但し、このスタイルで割り切られると金融機関側では「商売にならない」ので、金融マンに相談すると反対されたり、「改善のご提案」をされたりするにちがいない。お金の問題を不適切な相手に相談しないことも、金融リテラシーの重要な一部である。