サイクルのメリハリ条件

 実は、過去において、インフレリスクが限定的で、利上げを打ち止めにしても、金融引き締め感は強くなく、その後の株安も景気悪化にも至らないケースは何回もあります。このケースでも、株式相場が1年以上も高をくくっているうちに、金融危機が発生し、株価の急落と景気後退に見舞われた2006~2008年のリーマン・ブラザーズ破綻に至る展開もありました。

 インフレリスクが高く、金利上昇が景気中立レベルを超えて進むケースでは、やがて景気悪化に至る可能性が高まるのが通例です。景気後退にまでなると、やはり株価は相応に下落しています。ただし、このケースでも、利上げ停止時点では、FRBがインフレ動向と景気リスクを見比べて、様子見期間に入るというだけのこと。株式市場は、それまでの利上げを怖がる「逆金融相場」が終息するとの安どから一時的に持ち直す「中間反騰」の様相を見せるケースが少なくありません。

 株式相場サイクルのメリハリを強化する根本条件を考えてみましょう。まずは、景気悪化、デフレリスクに対応する金融緩和が強力に行われ、株式に「金融相場」とそれに続く「業績相場」が高まるほど、「山高ければ谷深し」の力学が働きます。この過程でインフレリスクが高まれば、利上げは景気中立水準を越えて進み、株式の売り逃げを誘発する「逆金融相場」を招くでしょう。この利上げが天井に至って、株式相場に一時的に安どを与えても、景気後退になれば「逆業績相場」は深みにはまる可能性が高まります。

 この基本視座を定める根底に、インフレリスクの潜在的な強さとして、GDP(国内総生産)ギャップを踏まえておくことを勧めます。単に目の前の景気指標が強い、弱いと右往左往するようでは、相場追認で強弱感をやたらと振らせる株式市場の心理に振り回されてしまうだけです。

 図4は、IMF(国際通貨基金)による米国のGDPギャップ推計です(誰でも無料で入手できます)。これがプラスなら、FRBはインフレリスクを殊更に警戒し、利上げを強力に推し進めます。これがマイナスなら、FRBは景気支援に力点を置き、金融政策を緩和的に運営しがちです。この緩和が度を超すと、まずは株式相場の活況を招き、時にバブルの様相になり、その分「山高し」に。この過程でインフレが高まると、金融引き締めが強力に進められ、株式相場も景気も相伴って「谷深し」に。

図4:米GDPギャップ

出所:IMF、Bloomberg

今回のメリハリ条件は?

 サイクルはこの全体の流れを通してメリハリを捉えます。図5はコロナ禍後の株式相場の推移を、米主要金利(+FF金利の市場予想)と、金利に敏感なナスダック指数とを対比しています。そこには、サイクルのメリハリ強化の典型的条件がそろっています。

 まず、超金融緩和による超株高が2020~2021年に発生。この期間はGDPギャップがマイナスで、FRBはインフレよりも景気支援を重視し、金融緩和を継続しました。そこに2021年就任のバイデン米大統領が極端に大規模な財政政策を発動。財政・金融両政策がインフレ圧力を高めた上に、コロナ禍でのサプライチェーン障害、脱コロナ期の労働需給逼迫(ひっぱく)による賃金上昇、さらにロシア・ウクライナの地政学問題が重なり、40年来の高インフレが発生した次第。

 2022年にタカ派姿勢を強めたFRBは、同年半ばからは、景気悪化も辞さない利上げ加速を進めました。その結果、米長短金利は全て景気中立水準とされる2.5%を大きく上回っています。そしてより長い期間の金利が短期の金利より低くなる逆イールド状態に至り、景気後退の到来をシグナルしています。さらに2023年3月には中堅銀行の破綻から金融不安が発生し、銀行貸出の滞りによる景気悪化リスクが一段と高められています。

 これらサイクルのメリハリ条件の強さを踏まえれば、景気悪化(後退)から株式が逆業績相場に陥るリスクを軽視すべきではないというのが、筆者の基本観です。他方、サービス業の堅調持続、実質金利の相対的低さなど、サポート要因もあります。したがって、一つの見方を強調するつもりはありません。サイクル論は、予言のような予想のツールではなく、あくまで、今回は何が違うかの要素、条件を抽出するロジック思考の枠組みです。サイクルに付加して考慮すべき条件がどのようなものか、当レポートで見ていただいた通りです。

 二昔前の時代劇の八兵衛よろしく、利上げ停止を「てえへんだ、てえへんだ」と騒ぎ立てる株式相場に対して、「おめえのてえへんだは聞き飽きたぜ」という決まり文句を返しつつ、冷静に、利上げ停止が相場の基調を捉える鍵ではないことを、見据えていただければと思います。

図5:米主要金利(+FF金利の市場予想)とナスダック

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

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