(3)リーマンショックと今回はちがうと考えていいのか?

【質問】
「今回のSVBの破綻や、CSの経営不安問題は、2008年に起きたリーマンショック後の金融危機と同様の危機や、その後の不景気のような事態をもたらすリスクはないのかが心配です」

【回答】
「リーマンショックの際は、その前年から所謂サブプライム問題を引きずっていて、世界の大手金融機関が、不動産関連の大きな損失を抱えていました。さらに彼らは、現在よりも高いレバレッジでリスクを取るなど、現在よりももっとリスクの高い状態にありました。当時は、大手金融機関一行の破綻が他行に連鎖的に波及する可能性が大いにありました。

 現在の、SVB、CSの問題は、他行に波及の可能性が全くないとは言いませんが、何れも経営的に固有の要因を抱える特殊な事例であり、リーマンショック時のように、大手金融機関の連鎖的な破綻の可能性が目前に迫っているような状況とは大きく異なるように思われます。

 さらに、銀行経営に対する規制が強化されたこともその一環ですが、世界の金融監督当局は、リーマンショック後の金融危機の経験を教訓として、当時よりも金融システムのリスク管理にはるかに慎重になっています。

 また、金融危機の際は、大手金融機関が何とか破綻を回避した後も、それぞれが不良債権を抱えていて財務体質が弱く、融資を拡大できる状況になかったことで、日本的な用語では『貸し渋り』が起こって、不況が深化しました。しかし、現在の状況では、大手金融機関にリーマンショック時のような根の深い不良債権問題はありません。

 大手金融機関各社の債券投資が、急激な金利の上昇で痛んでいないかは少々心配ですが、あっても個別の金融機関の問題で、繰り返しになりますが、金融機関として常識的なリスク管理をきちんと行っていれば、金利上昇は銀行に経営不安をもたらす要因ではありません。

 総合的に見て、リーマンショックの頃と状況は大きくちがうと考えていいのではないでしょうか」

(4)SVB、CSと日本の金融機関に似た点はあるか? 銀行経営で何が問題なのか?

【質問】
「SVBやCSと似た問題を抱える日本の金融機関はありますか? 
また、日本の金融機関経営にとって、彼らの問題が参考になる面はあるでしょうか?」

【回答】
「正直に言います。SVBの問題が起こった時に、日本の銀行にも似たような構造を持つ会社が複数あるはずだ、と思いました。

 具体的には、SVBのように預貸率が低く、融資では十分に稼ぐことができなくて、資金の大きな部分を債券などの有価証券で運用して収益を作っている地方銀行が複数あることが思い浮かびます。

 特に、経営的に証券会社と接近して、資金運用に関して証券会社の指南を受けているような金融機関は、外国債券投資で既に利回り上昇による含み損を作っているところがありそうだし、今後、日本の長期金利が上昇するような局面を迎えた時に、円建ての債券でも損失を被る可能性があります。経営体質が脆弱な銀行の場合に、SVBと似た理由による破綻が起こる可能性は想像できます。

 SVBほど大口の預金者が一斉に動くのかについては比較の難しい問題ですが、情報の流通スピードがかつてよりも速い今日にあって、預金の一斉引き出しが無いとは言えません。「週末を待って、経営統合などの対策と預金の保護を発表する」といった、かつて不良債権問題で大手銀行が経営破綻した時に使った手が、今後も上手く行くのかどうかは、何とも言えません。

 尚、ギリシアなど他国の例を見ても「銀行が不安な時には、預金の引き出しを必ず週末の前に行え」という原則が、世界的に通用しそうに思えます。

 銀行の経営不安への対策は、一般論として『一人、一行、1000万円まで』の預金保険の保護範囲を十分意識して下さい、と申し上げることになります。

 CSはどうでしょうか。

 金融機関を私物化していると言われるような「悪い人」が現れたことは日本の民間銀行の歴史にもありますし、「個人の暴走」は金融機関が絶えず警戒すべき問題ではあります。「ミニCS」的な問題は、金融機関一般で起こり得ます。

 ただ、CSのように企業体質が根底から悪いと思えて、且つ大規模な不正を行いそうな金融機関は、今のところ国内には思い浮かびません。ただ、これは、私が知らないだけで、私の見方が「甘い!」可能性があることをご注意申し上げておきます。

 見方によっては、今の日本の金融マンは悪くても子悪党にすぎないのかも知れません。しかし、一人一人は子悪党でも、組織で質の悪い収益を目指して銀行経営を危機に陥れることがあるのは、バブル期の銀行行動で十分に実証されたところです。日本の金融機関は、個人は小物でも、組織になると時に恐ろしい。

 銀行に限らず、金融機関を心底から「信じる」のはよくありません。

 尚、金融機関一般の経営に対する教訓としては、金融機関の中にいる「人の暴走」をいかに防ぐかという、人の管理の問題が徹底的に重要だということを、特にCSの問題から汲み取るべきでしょう」

(5)投資家は市場への影響をどう考えたらいいのか?

【質問】
「今回の状況を、投資家の立場ではどう考えたらいいのでしょうか? 現実に、SVBやCSの問題が表面化した時には株価が下がっていますし、状況が不透明なので、投資額を減らすなどのリスク・コントロールを行った方がいいのでしょうか?

 あるいは、SVBやCSの問題が大きなシステム的リスクをもたらさず、むしろFRBが利上げに慎重になるなどの変化をもたらすならば、特に株価が下がったところでは投資のチャンスを探すべきだ、という意見もあるようです。資産形成のために投資を行っている個人は、どう行動したらいいのでしょうか?」

【回答】
「再び、正直に答えます。

 SVBの問題が発生した時に、筆者が最初に考えたのは、『これは、投資のチャンスを提供する可能性がある状況かも知れない』という可能性でした。

 ストーリーは次のようなものです。

 SVBの破綻、さらには銀行や企業の破綻が生じた場合、それらのショックは短期的な株価の下落要因になり得るが、同時にそのショックで金融システムの安定を重視する「リーマン危機後のFRB」は利上げを止める可能性があるのではないだろうか。そして、大手銀行のバランスシートはリーマンショックの教訓で大幅に強化されているから、ショックが金融システムのリスクに至る可能性は乏しいにちがいない。だとすると、ほどほどの金融問題で株価が下げた局面は、株式の良い買い場になる可能性がある。

 この可能性が実現するには、(1)ショックで株価が魅力的な水準まで下がること、(2)ショックが本格的な金融危機に連鎖する性質のものではないこと、(3)FRBが当面のインフレ対策よりも金融システムの安定を重視して利上げを止めたり、少なくともペースを落としたりすること、といった多重的な条件が絡みます。

 こうして確認してみると、「チャンスか!?」と直感的に思っても、実際に投資行動に至るための条件は案外単純ではないことが分かります。特に(2)の条件が崩れている場合には、前提が根底から狂います。

 また、(3)の可能性の感触を探るためには、原油価格や賃金の動向など、インフレに関連する指標を確認する必要もあります。現在、原油価格が下がってきていることは、FRBが利上げ停止に向かうための好材料の一つでしょう。

 そして、全ての条件が満たされたと思った場合でも、(4)そのようなことを市場参加者の多くが知っていて「既に株価等に反映されている可能性」、についても考慮することが必要でしょう。

 投資行動を決断できるほどの材料があるかどうかが問題だという意味では、SVBやCSの問題をより大きな金融危機の端緒だと捉えて、たとえば持ち株や投資信託を売る調整を決断するためにも多くの材料が必要です。

 結局現実的なのは、様々な材料は現在の株価に相当程度反映されているのだと理解しながら、自分にとって適当なリスクポジションを維持し続ける「バイ・アンド・ホールドの長期投資」である場合が殆どでしょう。

 多くの投資家にとって、「注視すれども、行動せず」、「売りも、買いも、しない」といった態度が最適解になる公算が大きいように思います。

 ガッカリしましたか? 退屈ですか? 逆に不安ですか?

 感情が揺れるのは仕方がないとしても、もともとの状態が自分にとって最適なリスクテイクの状態なら、イベントがあっても何もしないのが正解という場合が資産運用では殆どなのだと申し上げておきます。

 それに、仮に資産形成が20年以上に及ぶのだとすると、今の情勢や株価の動きが、「20年後の株価」に影響するようには思えません。20年後の株価は、20年後の材料と判断から、20年後の市場参加者が決めるものでしょう。

「今」の情勢判断や、細かなポートフォリオの調節などは、大筋は無意味であるか、むしろ有害である可能性が大きいと思うべきでしょう。

 個人投資家の皆さんは、どっしり構えていていいと思います。但し、金融の世界とマーケットで何が起こっているかは理解しておく方が気持ちがいいでしょうから、今回の解説がなにがしかそのお役に立てたなら幸いです」