アプライド・マテリアルズ
1.EUV露光装置の使用頻度を軽減する新システムを開発した
2023年2月28日付けでアプライド・マテリアルズは、「Centura Sculpta Patterning System(センチュラ・スカルプタ・パターニング・システム)」に関するプレスリリースを出しました。それによれば、アプライド・マテリアルズは、EUV露光装置を使って最先端半導体の回路をシリコンウェハ上に書き込むときに使う「ダブルパターニング」技術について、これを1回のパターニングで済む技術を開発、製品化し、2月28日に出荷を開始しました。
「ダブルパターニング」を使うと詳細な回路図をウェハ上に転写することはできますが、フォトマスクが2枚必要になり、周辺の製造装置も多くなり、費用が嵩むことになります。「Centura Sculpta」を導入すれば、フォトマスク1枚から詳細な回路図をウェハ上に転写することが可能になります。
アプライド・マテリアルズが指摘する「Centura Sculpta」導入の効果は以下の通りです。
1)資本コストを月10万枚のウェハ投入あたり約2億5,000万ドル節減
2)製造コストをウェハ1枚あたり約50ドル節減
3)エネルギーをウェハ1枚あたり15kwh以上節約
4)温室効果ガスの直接排出量をウェハ1枚あたりCO2換算で0.35kg以上削減
5)水をウェハ1枚あたり約15リットル節約
ちなみに1)の資本コスト≒半導体工場への設備投資がこのシステムによってどの程度削減されるか試算してみます。TSMCはアメリカのアリゾナ州で4ナノ、3ナノ各々1件の工場を建設中です。2つの工場への総投資額は約400億ドル、完成後は年間60万枚以上のウェハを生産する計画です。
仮にこの工場に「Centura Sculpta」を導入すると、年間60万枚のウェハ生産=月間5万枚のウェハ投入とすると、投資額を2.5億ドル÷2=1.25億ドル節約することができると単純試算できます。総投資額約400億ドルに対する比率は0.3%、日本円換算(1ドル=136円)で170億円と極めて小さい効果です。
ただし、半導体工場は製造装置だけでなく、インフラ(建屋、超純水装置、クリーンルームなど)にも多額の費用がかかります。アメリカで工場を建設すると人件費もかなり高くなります。「Centura Sculpta」が有効である場合は、EUV露光装置の稼働と周辺の製造装置を効率化することに対して、一定の効果があると思われます。
「Centura Sculpta」の価格は不明ですが、すでに30以上のシステムを出荷しました。今後、EUV露光装置がある生産現場(7ナノ、5ナノ、3ナノの生産ライン)で実際の有効性が評価されると思われます。
2.「Centura Sculpta」が効果的である場合の他の製造装置メーカーに対する影響
「Centura Sculpta」がEUV露光装置を設置した生産ラインの生産効率化に有効な場合は、EUV露光装置の需要に影響が出る(将来の需要見通しが下方修正される)可能性があると思われます。今のASMLホールディングのEUV露光装置の生産、出荷台数は、ASMLホールディングの生産能力に限界があるため需要を大きく下回ったものなので、ASMLホールディングの当面の業績見通しには影響しないと思われます。ただし、EUV露光装置の需要の成長率が従来考えられてきたものよりも低下する可能性がないとは言えないと思われます。
また、ダブルパターニングではフォトマスクが2枚必要なところが、「Centura Sculpta」を導入すると1枚で済むようになるため、3ナノ以降の生産ラインで使われることになるレーザーテックのフォトマスク欠陥検査装置「Actis A150」(EUV光源を使うタイプでレーザーテック独占)や1世代前の「MATRICS X8ULTRA」「MATRICS X9ULTRA」の需要にも影響する可能性があります。
一方で、ダブルパターニングの工程は複雑で費用がかかるため、これが必要ないのであれば、EUV露光装置を増やして増産する考え方もあると思われます。この場合、EUV露光装置の需要減少は考える必要がなくなるかもしれません。加えて、1枚のフォトマスクを入念に検査する必要が生じるならば、フォトマスク欠陥検査装置の需要減少も最小限となる可能性もあります。
また、東京エレクトロンやラム・リサーチのような前工程の装置メーカーに対する影響はほとんどないと思われます。先端ロジック半導体の製造工程約1,000工程の中でEUV露光装置を使う工程は20~30工程であり、ダブルパターニングも今のところ多くはありません。ダブルパターニングをシングルパターニングにできると言ってもごく少数の工程のみであり、また、前工程の各工程で各社が各々の得意分野で大きなシェアを持っているため、東京エレクトロンやラム・リサーチの成長性に影響が出るとは考えにくいです。
ちなみに、東京エレクトロンは、アプライド・マテリアルズとほぼ同じ技術を持っていますが、現時点で製品化はしていません。
後工程のアドバンテスト、ディスコにも関係ありません。
このように見ると、「Centura Sculpta」が有効である場合、マイナス影響を受けやすいのはレーザーテックとASMLホールディングになる可能性がありますが、実際にどうかを判定するには、「Centura Sculpta」の生産現場での評価を待つ必要があります。微細化が進むにつれて(3ナノから2ナノ、1.4~1.5ナノになるにつれて)この技術が使えるものなのかどうかも、生産現場での評価を待つ必要があります。特にレーザーテックに対する影響は、「Actis A150」にどの程度の需要があるのか、レーザーテックの来期以降の受注がまだわからない現時点では評価が難しく、それ故に、「Centura Sculpta」が有効である場合のレーザーテックや「Actis A150」への影響を測るには時間がかかると思われます。
3.アプライド・マテリアルズの今後6~12カ月間の目標株価を、前回の140ドルから150ドルに引き上げる
アプライド・マテリアルズの今後6~12カ月間の目標株価を、前回の140ドルから150ドルに引き上げます。業績予想は変更しませんが、「Centura Sculpta」が最先端半導体の製造コスト削減に有効だった場合、アプライド・マテリアルズに新しい成長事業が加わるであろうことを評価しました。
引き続き中長期で投資妙味を感じます。
表11 アプライド・マテリアルズの業績
本レポートに掲載した銘柄:アドバンテスト(6857、東証プライム)、東京エレクトロン(8035、東証プライム)、アプライド・マテリアルズ(AMAT、NASDAQ)