三種類の「運用」

はじめに問題を一つ考えて欲しい。「年金基金が、JPX日経400にトラックすることを目指す運用を運用会社に委託する行為は、アクティブ運用か、パッシブ運用か?」。ついでに、もう一つ。「これを受託した運用会社にとって、この運用は何運用か?」。

最初の問題は、アクティブ運用が正解だ。年金基金は、通常、「国内株式」というアセット・クラス(資産分類)のベンチ−マークとしてTOPIX(東証株価指数)を使ってアセットアロケーションを考えている。JPX日経400は、TOPIXとは構成銘柄も銘柄毎の投資ウェイトも異なる指数なので、年金基金としては「これは、アクティブ運用だ」と認識して運用を委託するのでなければならない。

しかも、運用を委託した時点で、銘柄選択と投資ウェイトのルールを選択していることになるから、年金基金は日本株のアクティブ運用者と同じ意思決定をしていることになる。

年金基金に国内株式運用のプロはいるのか、また、そもそもJPX日経400がどのようなポートフォリオか、分かって運用委託しているのかどうかが心配になるが、「JPX日経400にトラックする運用で」と彼らが運用方法を指定した瞬間に、年金基金はアクティブ運用の責任を負ったことになる。

尚、ついでに指摘しておくが、インデックスの銘柄入れ替えを一度も経験していない今の段階でJPX日経400に投資している年金基金があるとすれば、それは、年金運用者として軽率で、無責任だと言い切ってよい。(注;個人が「自分のお金」でこの指数のETFなどに賭けるのは自己責任で完結できるので構わない)

そして、少々複雑だが、この運用は同時にインデックス運用でもある。インデックス、即ち株価指数をベンチマークとして、このパフォーマンスの複製を目指す運用なので、インデックス運用だ。

それでは、年金基金から運用を受託した運用会社にとってはどうか。運用会社がやることは、ベンチマークであるJPX日経400の構成銘柄と投資ウェイトをポートフォリオに再現し維持する事なので、パッシブ運用だという理解でいい。そして、ベンチマークが同時にインデックスなので、インデックス運用でもある。

「アクティブなインデックス運用」と「パッシブなインデックス運用」があり得るということだ。パッシブであるか、アクティブであるかは、ベンチマークとの差を意図的に作るか否かにある。

機関投資家の運用にあっては、ベンチマークからの乖離リスクである「アクティブ・リスク」を意図的、計画的に管理しなければならない。一つの資産クラスにあって複数のベンチマークを使い分ける場合は、資産クラスを代表するベンチマークと、個々の運用会社に与えたサブ・ベンチマークとの間のリスクを管理しなければならないし、加えて、サブ・ベンチマークと実際に運用されているポートフォリオのアクティブ・リスクを管理しなければならない。アセット・アロケーションに使うベンチマークと、個々の運用委託の際に与えるベンチマークとを異なるものにすると、管理が複雑になる。

カスタマイズド・ベンチマーク

また、問題を出してみよう。「インデックスではない、ベンチマークはあるか?」。次に、「あるとすると、どのようなベンチマークに実用的な意味があるか?」も考えてみて欲しい。

まとめて出題すると、2番目の出題が1番目の問題の正解を示唆してしまうが、インデックスとして存在するもの以外のベンチマークを指定して、パッシブ運用を行うことは可能だし、現実に行われることがある。

ベンチマークは、事前に銘柄と投資ウェイトが分かる具体的な「ポートフォリオ」であればいい。

たとえば、割安株運用で運用する「Value投資」を委託する場合に、スポンサーが自分で割安株によるポートフォリオを作ってベンチマークとして与えて、「これを上回るパフォーマンスで運用してみよ」と言って、Value投資が得意だと標榜するファンドマネジャーに資金運用を委託すればいい。

ベンチマークを指定することによって、運用されるべきポートフォリオの性質をより細かく指定することができる。運用を引き受けたファンドマネジャーは、「ベンチマークを上回ことが出来るような情報・判断が無い場合は、ベンチマークに近づく」ことがリスクを縮めることにつながるので、ベンチマークの選択によって運用をある程度コントロールすることができる。また、ファンドマネジャーの「腕」を評価するにあたって、パフォーマンス評価をより厳密に行うことが出来ると考えることも出来る。

こうした目的で、特に作成して与えるベンチマークのことを「カスタマイズド・ベンチマーク」と呼ぶ。

この様にして運用されたポートフォリオのパフォーマンスとTOPIXとの関係を考えると、カスタマイズド・ベンチマークとTOPIXとの差はスポンサーの責任と貢献によるものであり、実際に運用されたポートフォリオとカスタマイズド・ベンチマークのパフォーマンスの差が運用を任されたファンドマネジャーの責任と貢献だ、という切り分けになる。

カスタマイズド・ベンチマークを上手く使うと、運用の判断・行動の責任と貢献を適切に区分することができるようになる。良く出来たベンチマークを与えられると、ファンドマネジャーは大変だ。

実際の年金基金には、プロといえる運用者が殆ど居ないし、ものぐさな人が多いので(失礼!)、基金がカスタマイズド・ベンチマークを独自に作るようなことは、日本では、聞いたことがない。時々使われるのは、既製品の株価指数だが、いわゆるスタイル・インデックスと呼ばれる、Valueインデックス、Growthインデックスだ(正式には、Russell/Nomura Total Market™ Value インデックス、Russell/Nomura Total Market™ Growth インデックス)。

これらは、PBR(株価純資産倍率)の高低で、TOPIXを半々に切り分けたものだ。率直に言って、PBRの高いGrowth側のベンチマークに対しては、ファンドマネジャーとして「勝ちやすそう」な印象を覚えるし、このベンチマークはポートフォリオとして優れているようには思えない。但し、本当に勝てるかどうかは、やってみなければ分からないのが運用という仕事の怖いところだ。

実用的で簡単なカスタマイズド・ベンチマーク

先ほどの問題の解答が残っていた。インデックス、即ち株価指数でないベンチマークがあり得るとして、どのようなベンチマークなら、「実用的な」意味があるか?

おそらくは、多くのファンドマネジャーにとって、手強くて、しかも具合の悪いことに、簡単に作れてしまうベンチマークは、「前期末のポートフォリオのバイ&ホールド」だ。要は、「一年間何もせずに前期末のポートフォリオを持ち続けた場合のパフォーマンスに対して、この一年間何を付け加えたか」を評価するベンチマークとなる。

ファンドマネジャーにとって、これは内容的にも意味的にも「最強のベンチマーク」かも知れない。

ポートフォリオ内の売買は、「この売買によってパフォーマンスが改善できる」と思ってやる訳だが、「思い」と「現実」がしばしば乖離するのが投資の世界である。売買コストを払って、パフォーマンスを改善できる人の方が少ないはずだ。投資信託などの評価に使ってみても面白い。

正直なところ、この方法が普及しすぎると、投資家が冷静になって売買注文が減る可能性があり、証券会社の社員としては、本当は勧めたくないのだが、個人投資家でも運用の腕を上げることに熱心な方は、是非やってみるといい。真に熱心な読者のために、特別にお勧めする次第だ。