日銀の方針大転換で130円割れの可能性高まる

 日本銀行は20日の金融政策決定会合(2日目)で、実質的な利上げを決定しました。

 金融緩和政策である長短金利操作(YCC、イールドカーブ・コントロール)の下で、10年物国債金利(長期金利)を0%程度に誘導する目標は維持したままですが、その目標からの許容変動幅を従来のプラスマイナス0.25%程度からプラスマイナス0.5%程度の範囲に拡大することを決めました。

 また、同時に国債買い入れ額を従来の月間7.3兆円から9兆円程度に増やしました。この決定を受けて、10年国債利回りは一時0.46%と2015年7 月以来の高水準を付けました。

 市場参加者のほとんどが予想していなかったタイミングでの利上げでした。黒田東彦総裁の在任中は緩和政策の修正はないとみられていただけに、あまりのサプライズにドル/円の相場は決定公表から15分ほどで約4円、円高ドル安の1ドル=133円台前半となりました。その後、海外市場で130円台半ばまで円高が進みました。

 翌日21日の東京外国為替市場では、一時132円台まで買い戻されましたが、130円割れが視野に入ってきました。

 なぜ、このタイミングで修正を行ったのでしょうか。足元で円安が一服し、日銀の金融緩和姿勢が悪い円安を助長しているとの批判が沈静化してきたことから、このタイミングならYCCの修正をしても外部の圧力に屈したとの印象を回避できると考えたのかもしれません。

 あるいは、来年4月8日の黒田総裁の任期終了前に次期総裁が柔軟に政策決定をできるように、年内に道筋をつけたかったという可能性もあります。1ドル=137円台という、円高局面への戻り相場だったことも関係あるかもしれません。

 もし、政策決定会合時に134円台だったら、実質利上げの公表で130円を割れて127、128円になった可能性もあります。景気へのマイナス効果(住宅ローンや企業の借入れ金利の上昇、輸出企業の採算悪化など)が懸念され、逆の批判が政府からも噴出したかもしれません。

 黒田総裁は政策決定会合後の記者会見で政策修正は「市場機能の改善を図る」ためと説明しています。金利体系のゆがみや最近の国債流通市場で取引が成立しない日が度々あったことが念頭にあったようです。10月12日の日米欧の先進7カ国(*G7)財務相・中央銀行総裁会議で、他国から日本の債券市場は機能していないと指摘されたという見方もあるようです。

*G7…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国

 この日銀の方針転換によって来年の為替相場の見通しが少し変わってきました。

 来年の見通しを考える前に、日銀の金融政策決定会合直前の相場状況を振り返ってみたいと思います。

 20日のサプライズ利上げ直前のドル/円は137円台前半で推移していました。この水準は先週13日に米国の11月CPI(消費者物価指数)が発表される前と同じ水準です。米CPIは7.1%の上昇にとどまり、予想以上に伸び率が鈍化しました。これを受けて、1ドル=137円台から一時135円割れとなりました。

 そして、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が13~14日に開いたFOMC(米連邦公開市場委員会)では予想通り0.50%の利上げとなり、利上げ幅が縮小しました。パウエルFRB議長がFOMC後の記者会見で強弱交錯した発言をしたことによって、14日はあまり動意がありませんでした。

 しかし、翌15日には、ECB(欧州中央銀行)のタカ派姿勢にも支えられ、クロス円の上昇によって、1ドル=138円台の円安となりました。ですが、今週19~20日の日銀金融政策決定会合を控え、それ以上の追随はなく、136円台後半で先週の取引を終えました。

 ところが今週に入って、19日月曜日の早朝にギャップオープンして、135.80円近辺まで円高となりました。背景には、政府と日銀が定めた共同声明の見直し論が政府内で浮上しているとの報道が先週末にあったことを受け、日銀の物価目標柔軟化や大規模緩和策の修正につながるとの思惑が広がったことがありました。

 しかし、東京市場がオープンするとドルは買い戻され、FRBによる利上げ長期化観測の方が優勢となり、137円台に乗せて日銀の政策決定会合の結果待ちとなりました。

 このようにサプライズ利上げの前では、日銀への緩和修正の思惑は交錯していましたが、それは検討段階の話であり、政策変更は来年になるとの見方が大勢でした。それよりも、FRBが来年も利上げを継続し、しばらくは高水準の金利が続くとの観測が円売りドル買いの材料となっていました。

 このような相場地合いのところに、「検討や議論」を飛び越え、一気に事実上の利上げとなったことに、マーケットは驚きました。

 日銀の黒田総裁は記者会見で「利上げでない」と何度も否定しましたが、今後、海外市場でどのように受け止められるのか注目です。

 今回のサプライズ利上げによって、これまで積み上げた円ショートポジションの投げだけでなく、海外勢が円買いで攻めてくるのかどうか注目しています。許容変動幅が0.25%から0.50%への拡大だけで終われば、1ドル=130円を割ることなく、円安水準がキープされるかもしれません。しかし、海外勢が来年さらなる日銀の政策修正があると期待し、円買いで攻めてくれば130円を下回る可能性が高まってきます。

 黒田総裁は「さらなる変動幅の拡大は必要ないし、今のところ考えていない」、「金融政策の枠組みや出口戦略などについて具体的に論じるのは時期尚早」、「政府・日銀の共同声明、見直すつもりはない」とこれまでのマーケットの思惑をすべて否定しています。

 しかし、許容変動幅の引き上げについて、黒田総裁はこれまで利上げになると説明してきたため、今回のサプライズ利上げによってマーケットは素直に説明を聞くことはないでしょう。

来年前半は1ドル125~130円か?さらなる政策修正も注意

 来年の相場シナリオを考える際には、FRBの利上げと米国インフレ動向が最大要因でしたが、これに日銀の方針大転換という材料が加わることになりました。

 来年の為替相場見通しは、これまでは、以下のようなシナリオでした。

「来年は景気が後退し、インフレのピークアウト感が鮮明になり、利上げペースが遅くなるか利上げ停止期間が長引けば、ドル/円は来年前半に130~135円のレンジに入ってくる。」

 このシナリオに対して、13~14日のFOMCと19~20日の日銀決定会合によって以下のように変わりそうです。

 13~14日のFOMCでは予想通り0.50%の利上げとなり、政策金利は4.25~4.50%となりましたが、2023年末の金利見通しは引き上げられ、5.125%となりました。これは、0.25%の利上げで後3回となります。0.50%が1回加われば、2回で見通しの金利を達成することになります。

 この利上げ継続期間は、利上げペースが鈍化しても円高方向にはブレーキがかかるかもしれません。しかし、既に鈍化傾向が出ているインフレの低下が鮮明になれば、金利見通しの水準に達する前に利上げ停止期待が高まり、ドルが売られることが予想されます。

 米国のインフレは、家賃上昇の鈍化傾向が来年春先にはみられ、景気後退によって賃金の上昇も頭打ちになることが予想されます。年明けには失業率が上がっていくという見方もあるようです。

 さらに中国の景気回復が遅れることによって、景気後退が長引くかもしれません。中国は新型コロナウイルスの感染の徹底的な封じ込めを図る「ゼロコロナ政策」を緩和したにもかかわらず、感染の急拡大によって経済活動は機能していない状況となっています。

 このような想定シナリオに日銀の政策変更とそれに対する期待と思惑が加わることになります。米国の利上げ停止と景気後退の局面で、日銀の政策変更が加われば、125円方向への円高が予想されます。「来年前半に130~135円のレンジに入ってくる」と予想していましたが、既にこのレンジに入って、今年の取引を終えそうです。来年前半には125~130円のレンジに入ってくるかもしれません。

 ただ、景気後退やインフレの低下は、米国だけではなく日本でも同時に起こる可能性があります。そのため日本の物価も低下してくれば、今回のような政策修正への期待は後退する点には留意しておく必要があります。したがって、125円以下の水準はYCCの許容変動幅がさらに拡大し、プラスマイナス0.75%やプラスマイナス1.0%にならない限り難しいかもしれません。

 しかし、それでも今回の事実上の利上げ、政策修正によって次期総裁はかなり柔軟に方針を変更できるのではないかとの期待が高まってきました。黒田総裁の任期終了の4月8日前後には、その期待と思惑が高まりそうです。

 また、方針変更の中には、今回の利上げ前にも一部報道されていた、「日銀が来年に金融政策の点検・検証が実施される可能性」や、「政府内の一部で政府と日銀が定めた共同声明の見直し」も含まれます。このことには留意しておく必要があります。

 このように来年は日銀の材料が今年よりも多くなり、その思惑や期待が一層高まり、相場への影響が大きくなることが予想されます。日銀の政策大転換によって、今年のような一方的な円安はまず起こらないと思われます。

今年揺れた円相場の中間値132円70銭を手掛かりに

 今年の年間値幅(注)は38円47銭と24年ぶりの大幅な値幅となりました。今年の最安値(最円高値)は1月の113.48円、最高値(最円安値)は10月の151.94円でした。この値幅は1998年の36円19銭以来、24年ぶりの値幅です(最高値147.64円 最安値111.45円)。その前ですと1990年の36円45銭があります(最高値160.35円 最安値123.65円)。

(注)年間値幅、最安値、最高値は筆者ハッサクが各種情報から推計した参考値

 このように30円以上の値幅で動くのは非常に珍しい年です。今年は円安方向に動きましたが、1990年と1998年は円高方向に動きました。1990年は円高方向に動き、翌年も円高でしたが、最安値(最円高値)はほぼ同じ水準で、年間値幅は前年の約半分でした。

 1998年はどうだったでしょうか。1998年は円高に動き、翌年は10円の円高が進みましたが、値幅は前年の7割程度でした。つまり、1990年も1998年も、年間値幅は前年の大相場の反動から前年よりも狭くなりましたが、方向は同じ方向に動いたということでした。

 当時と現在は相場環境も違うため、単純な比較はできませんが、現在のFRBの利上げ継続姿勢からすると、来年は春先以降の物価の動きまでは今年の相場を引き継ぐことになったかもしれません。

 しかし、日銀の材料が加わったことによって、円安に行っても、ドルの上値は相当限定的であり、今年の1ドル=151円台よりもかなり円高水準になりそうです。そして上値(円安ドル高)を試すよりも下値(円高ドル安)を試す機会の方が増えそうです。

 今年の年間値幅のちょうど中間となる半値の水準は132円70銭で、既に半値を下回りました。「半値戻しは全値戻し」という格言があります(今回の場合113.47円)。FRBが利上げ継続の中ではなかなか難しそうですが、半値の水準は来年の相場に臨む際に頭に入れておいた方がよさそうです。