機関投資家のバランス運用

個人投資家も機関投資家も資産運用にあたって、アセットアロケーションに悩むことは変わりがない。1,000万円の退職金の運用であっても、1,000億円の企業年金の運用であっても、「株式の期待リターンは幾らか?」とか「どのくらいの大きさのリスクを取るべきか?」といった問題の難しさは全く同じだ。

ただ、機関投資家の場合、投資顧問会社でも信託銀行でも、年金基金のような顧客がいるので、顧客に運用計画と運用結果の双方について「ご説明」が必要な部分がいささか異なる。

ちなみに、運用結果の説明にあたっては(特に近年は運用環境が厳しいので)、賢そうに見えて同時に相手の感情を損なわない巧みな言い訳をする技術が重要だ。「ビジネスとしての年金運用は、言い訳のアートである」と言った人もいるくらいだ。

後に巧みな言い訳をするためにも、運用計画はそれなりに筋の通ったものでなければならない。この点にも、運用各社の工夫が注ぎ込まれる。

今般、ある信託銀行(「A信託」としておこう)の2011年度の運用計画を見る機会があったので、バランス運用のアセットアロケーションを見てみることにしよう。アセットアロケーションを深く理解するには、他人のアセットアロケーションについて、あれこれと見てみることが大変役に立つ。

信託銀行のバランス運用では、顧客側の事情と要望に応じて3つから5つくらいのプランを用意することが多いが、以下では、A信託が標準タイプとして顧客に提示しているプランを見る。

アセットアロケーションの前提条件

アセットアロケーションを作り、説明するためには、リスクとリターンに関する前提条件が必要だ。この信託銀行の場合、リスクは、主に過去20年のデータ(1991年1月~2010年12月)から、リターンはある種の理論モデルの結果と中期の経済見通しを融合して(鉛筆をなめて!)決定しているようだ(筆者の推定です)。

前提条件は以下の表1の通りだ。

<表1>

注目の期待リターンでは、国内株を6.2%、外国株を7.1%としている。「その他」は数値から見て、円建てのコール資金のような短期金融商品を指しているものと思われる。この数値が、現在の「殆どゼロ」ではなく、0.5%となっている辺りに、運用計画としての想定期間の曖昧さが表れているが、計画は「中期基本ポートフォリオ」と称されている。

読者の中に、年金基金側の運用担当者がいらっしゃる場合は、こうしたプランの提示に対して、「前提条件が(運用側にとって)甘すぎないか?」、「0.5%と考える根拠として、どんな金利推移を想定しているのか?」など、大いに突っ込んで議論してみられることをお勧めする。

この条件下でA信託が標準型として提示しているアセットアロケーションは「国内債券35%、国内株式27%、外国債券9%、外国株式27%、その他2%」だ。このプランで、期待リターンは4.0%、リスク(リターンの年率標準偏差)9.1%とされている。

このアセットアロケーションを分析するために、A信託がリスクとリターンをどんなバランスで評価しているか、「リスク拒否度」を推計しておこう。「その他」は実質的には「リスクフリー資産」に近いものと思われるが、A信託はここでも0.5%のリスクを想定している。

リスクフリー資産のリターンは0%と考えることにして、一般によく使われる、効用=(期待リターン)-(リスク拒否度)×(分散で評価したリスク)の効用関数のリスク拒否度を計算すると、0.02415となった(λ=4÷(2×9.1×9.1)で求める)。

尚、ここでご紹介した期待リターンをはじめとする分析の諸前提は、実際にある信託銀行が顧客に提示している数字だが、これを「信じて使う」ことを推奨するものでは一切無い。リスク、リターン共に、求め方は複数あるし、現実に他の機関投資家は別の数字を使っている。大いに参考になる数字だと思うが、利用にあたってはご注意されたい。

A信託の標準型バランス運用

さて、A信託銀行の前提数字を使って、同行の標準型バランス運用計画を改めて計算し直したのが、表2だ。

<表2>

期待リターンは3.9630%、リスクは9.055%と計算されたが、それぞれ四捨五入するとA信託が顧客に提示している4%と9.1%に一致する。

表の中に「Imp.Ret」と表示した項目があるが、これは、各資産の「インプライド・リターン」を計算したものだ。インプライド・リターンとは、現在のポートフォリオ(要は資産のウェイト)が最適であることを仮定して、それぞれの資産のリスクとウェイトから「これだけ期待リターンがあると辻褄が合うというリターン」を逆算したものだ。

A信託がそれぞれの資産に想定している期待リターンとインプライド・リターンを比較すると、国内株式、外国株式に関しては、そう離れていないので辻褄が合っている感じがする。

しかし、外国債券は、10.8%もリスクがあるにも関わらず1.3%しか期待リターンを想定しておらず、これは2.38%のインプライド・リターンに対して些か大きな不足だ。つまり、この信託銀行の前提条件からすると、外債のウェイトが9%もあることは過大だ。一方、国内債券は、期待リターンが0.7%しかない(現実的な数字だ)が、リスクが小さいためインプライド・リターンは-0.038%であり、計算上は、もっと組み入れてもおかしくない。

A信託が外債を必要よりも大きく組み入れた理由は、同行に聞いてみないと分からないが、「過去の組み入れ状況に近づけた」、「競合他社を意識した」、「自社内の(外債担当者の)雇用対策」など幾つかの可能性が考えられる。

尚、最適化計算を自分で試みる読者のために注釈しておくが、A信託は2011年度から「内外の株式の比率を50%:50%で運営する」方針を採っており、複数提示しているバランス運用のプランの全てで国内株式と外国株式の比率が同じになっている。敢えてこうすべき根拠は無いが、外国株式が国内株式の比率を超えないようにするなど、内外の資産のウェイトに何らかの制約条件を設ける機関投資家は少なくない(筆者は諸条件をリスク、リターンに反映して、制約なしに計算する方がいいと考えている)。

ちなみに、それぞれの資産のウェイトが0%~100%で全体のウェイトが100%というだけの制約条件で、筆者が効用を最大化するポートフォリオを計算してみたのが表3だ。

<表3>

大まかにいって、国内債券が5割、外国株式が3割、国内株式が2割、という配分だ。外国債券はゼロになる。かつて、筆者は「リスク資産部分は、内外の株式を4:6で」と提示したことがあり、もともとのプランよりも、この結果の方が納得性が高い。内外の株式の比率は五分五分でもいいと思うが(リスクは大差ない)、個人投資家が真似するなら、もともとのプランよりの、こちらのプランの方がいいだろう。

但し、どのくらいリスクを取りたいかに応じて、「国内債券+現金」の部分と「国内株式+外国株式」の部分の大きさをコントロールする。そして、後者の比率を「4分、6分」、ないし「5分、5分」にすればいいというのが、当時も今も筆者が個人投資家に提示したいと思う運用の簡便法だ。

外国債券(外貨預金なども含めて)を資産配分の中に入れたがる自称専門家が多いが、彼らが、どんな前提数字を使っているのか聞いてみたいものだと筆者は常々思っている。