FRBの本音「求人数、そろそろ減ってくれないかな」

 雇用市場の強さは、米国経済が、FRB(米連邦準備制度理事会)が利上げを続ける中でも力強さを保っている証拠です。米経済成長率が二期連続でマイナスに落ち込んでも、景気の「減速」であって「後退(リセッション)」ではない、とジェローム・パウエルFRB議長が強気でいられる根拠にもなっています。

「雇用の最大化」を法的使命(マンデート)とするFRBは喜んでいると思うかもしれませんが、実はその逆。「求人数が多すぎる…」と心配しているのです。

 デュアル・マンデートと呼ばれるFRBの使命のひとつは「雇用の最大化」ですが、もうひとつは「物価の安定」です。雇用市場の強さが物価の安定を脅かしているのです。米雇用市場が、オーバーヒート状態になっているのです。FRBの本音をいえば、労働市場が均衡に近づくまで求人需要が減ってほしいのです。

 高い給料を提示して働き手を求める会社が少なくなれば、労働コストは低下する。インフレ率も下落する。そうすればFRBは利上げペースを緩める余裕ができる。

 米経済が減速状態から本物のリセッションに変わる前に、うまくいけばソフトランディング(軟着陸)させることができるかもしれない。それがFRBの願いです。

 FOMC(米連邦公開市場委員会)は7月の会合において、2カ月連続で0.75%の大幅利上げを決定しました。ただし、今後の利上げ幅については「経済データ次第」との方針を示しています。

 雇用市場の経済データに関して、パウエルFRB議長は「雇用コスト指数(ECI)」の重要性について触れています。ECIとは、賃金と、賃金以外で雇用にかかわる福利厚生費などの費用を含めた、企業が実際に負担する雇用コストを示した指数です。

 ECIは全体の約7割を賃金が占めます。インフレを目標値の2%まで引き下げるには、賃金上昇ペースの減速が不可欠です。しかし、パウエルFRB議長の期待に反して第2四半期のECIは1.3%と、第1四半期につけた過去最高の1.4%からほとんど下がりませんでした。

 労働者を確保するためには、競合相手よりも給料やボーナスを多く支払う必要があります。米国の平均労働賃金は、過去1年で+5.0%以上も上昇しました(ちなみに同時期の日本の平均賃上げ率は半分以下の+2.1%)。最近の調査では、転職者の半数が10%以上の収入アップ、そのうち9%は50%以上もアップしたということです(うらやましい)。

 これら労働コストの大幅上昇は、最終的に価格に転嫁され、インフレ率を高止まりさせているのです。FRBが「物価の安定」という使命を達成するためには、まず雇用市場の熱を冷ます必要があります。

 しかし、米労働市場における人手不足は依然として深刻です。小売世界大手米ウォルマートは4月に、数万人規模で従業員を新たに雇用すると発表しました。

 さらに同社は、自社のトラック運転手に対し、初年度から最高で11万ドル(約1,500万円)の給与を支払うなど、人材確保の取り組みを強化しています。

 EC(インターネット通販)の利用急増に伴う店頭での商品の集荷や出荷の作業の急増で労働力がいくらあっても足りないという事情がありますが、もっと根の深い問題もあります。

 一度従業員を手放すと次に見つけるのが難しいので、辞められてしまうと、さらに高い給料を提示して探すしかない。それでも見つからないケースも多い。だから、たとえ仕事がなくても、人材をストックしておく会社が増えているのです。

 雇用者数が伸びていないのに、失業率が下がっているのは、「解雇が減っている」からです。