古い常識:触媒需要は急減する

まことしやかに語られた触媒消費急減→価格暴落説

 プラチナの魅力を知るためには、「プラチナ」に関わる常識が変化しつつあることに注目しなければなりません。「古い常識」の衰退がはじまり、「新しい常識」が芽生えつつあるためです。以下は環境の変化を確認する上で重要な、プラチナの全需要の内訳です。

図:プラチナの需要内訳(2020年)

出所:リフィニティブのデータより筆者作成

 プラチナと聞くと「宝飾品」や「輝く高価なもの」という言葉を思い浮かべる人は少なくありません。特に日本人にそのような傾向があると言われています。ですが、世界全体で見ると、自動車の排ガス浄化装置向け需要を含む産業用需要が、全需要の半分以上を占めています。

 プラチナには、自分の性質を変えずに相手の性質を変える、「触媒作用」があります。排ガス浄化はこの作用を用いています。

 自動車の内燃機関(エンジン)と消音器(マフラー)の間に、筒状の排ガス浄化装置が設置されており、この中を排ガスが通過します。装置の中にはプラチナなどの触媒作用を持つ貴金属が、ハチの巣状の型の表面に薄く塗布してあり、高温の環境下で、通過する排ガス内に含まれる有害物質を水などに変えています。

「古い常識」は、自動車排ガス浄化装置向け需要と深く関わっています。

「古い常識」は市場や資産運用に限らず、身の回りのどの分野においても存在するものですが、ことさら、プラチナにおいてはその存在が際立っています。「2015年の問題発覚がきっかけで、排ガス浄化装置向け需要が激減して価格が暴落する」という話が、まことしやかに語られました。

 2015年の問題発覚とは、同年9月に米国の政府機関が、ドイツ自動車大手フォルクスワーゲン社が違法な装置を使い、排ガス浄化テストを潜り抜けていた問題を明るみにしたことです。

 多くの人々は、この問題発覚がプラチナの主要な需要である自動車排ガス浄化装置向け需要を急減させ、その需要急減がプラチナ価格を急落させる、と考えました。

 こうした経緯を経て、問題発覚→ディーゼル車の信用が失墜→同車の排ガス浄化装置に使われるプラチナ需要急減→プラチナ価格急落、という「古い常識」が生まれたのです。

 実際に、問題発覚を機に、プラチナ相場は長期低迷を強いられました。

図:プラチナの「古い常識」

出所:筆者作成

触媒向け需要は急減していなかった

 しかし、以下の図のとおり、プラチナの全需要に占める自動車排ガス浄化装置向け需要は、急減していません。問題発覚直後の2016年、2017年は逆に増加しています。2018年と2019年は緩やかに減少しましたが、「古い常識」によって語られた急減は起きていません。

 2020年の減少は、新型コロナのパンデミック化により世界的に自動車の需要が減少したためですが、2021年は回復、2022年はさらに回復することが見通されています(World Platinum Investment Councilの見通し)。

図:プラチナの自動車排ガス浄化装置向け需要の推移 単位:千オンス

出所:WPICのデータをもとに筆者作成

 自動車排ガス浄化装置向け需要が急減していないにもかかわらず「急減する」と言われてきた2015年以降、プラチナ相場は、「古い常識」起因の下落圧力にさらされ、リーマンショック直後の安値水準を這いつくばるように、推移してきました。

「古い常識」が台頭し、プラチナ相場は辛酸をなめてきたわけですが、統計では、プラチナの自動車排ガス浄化装置向け需要の動向がプラチナ相場の足かせになる理由はほとんどなかったわけです。本当の足かせは「古い常識」起因の風評被害だったのかもしれません。

 以下の通り、自動車1台あたりに使われる排ガス浄化装置向けの貴金属の量(プラチナ、パラジウム、ロジウムの合計 筆者推計)は、年々増加傾向にあります。自動車の生産台数が減少したり、環境配慮に適合した次世代車(燃料電池車や電気自動車など)が注目を集めたりしても、増加傾向にあります。

 自動車会社や部品を製造する会社が、世の中の排ガス規制の厳格化に対応すべく、排ガス浄化装置の有害物質を除去する性能を向上させ続けていることが要因であると、考えられます。

図:自動車1台あたりの排ガス浄化装置向け貴金属の量(筆者推定) 単位:グラム

出所:ジョンソンマッセイおよびOICAのデータより筆者作成

 自動車の生産台数が減少したからといって、必ずしも、排ガス浄化装置向けの貴金属の需要が減少するとは限らないのです(「古い常識」にとらわれた人は、この考え方が欠けていた可能性がある)。