出題の狙い、「リターン」について

 さて、問題文には、「リターンとリスクについて論じなさい」とある。リスクについてばかりでなく、リターンについても論じなければ満点にはならない、と解答者は気づかなければならない。

 外債投資の場合、最重要のポイントは、現地通貨ベースの利回りが高くても、投資通貨ベースでの利回りが高いとは限らないことだ。外国為替は、二つの通貨の交換比と二つの通貨の金利をセットで取引する金融取引であり、リスクフリーの預金運用に対する期待リターンは、高金利通貨が高いとも、低金利通貨が高いとも言いようがない。

 筆者は、「大雑把には、どの通貨の債券に投資しても期待リターンは同じだ、という点を出発点にすべきだ」と考えている。回答者には、この点での厳密な意見の一致を求めているわけではないが、最低限「高金利通貨の期待リターンが高いとはいえない」ことについては、認識が必要だと考えており、この点は、採点にあっても重要なポイントの一つだ。

 授業では、「投資」と「投機」を、生産活動に対するリスクを取った資本の提供(=投資)とお互いの見通しの違いに賭けるゼロサムゲーム(=投機)で区別し、外国為替取引は基本的に後者だ、という説明もしているので、答案でこの点に言及してくれるのも喜ばしいことだ。

 リターンについては、最低限上記の言及が必要だが、出来れば、「確実なマイナスのリターン」である「コスト」にも言及して欲しい。ここでも、「個人投資家」という問題文の条件が利いてくる。

 個人が外国債券に投資する場合、特に社債は業者間の取引が殆どなので、投資家は市場での取引価格を正確に知ることが出来ず、また、取引金額が小さい場合が多いこともあって、売買の値差(ビッド・アスクのスプレッド)で実質的に大きな取引手数料を取られることが多く、また、債券価格に含まれる手数料に加えて、外国為替の手数料が大きい場合が多く、二つのコストで実質的に随分大きなコストを支払って、リターンを大きく損なうことが少なくない。

 証券会社と投資家の力関係によっては、外債投資で、投資信託以上の実質手数料コストを支払うことも珍しくない。

 現実には、外債を手数料稼ぎの有力な道具と考えている証券会社の営業マンもいるようで、「たまたま豪ドルの債券で儲けが出たら、3カ月後になぜかニュージーランド・ドル建ての債券への乗り換えを勧められた…」というような怖い話を聞くこともある。

 もちろん、学生がここまで答案に書くことを要求している訳ではない。リスクのリストアップ、信用リスクの扱い、リターンについて、程度まで答案に書いてあれば、優しい先生の採点では、十分「よくできました!」に相当する評価となる。ちなみに、獨協大学の成績評価で最高ランクは、問題文の中にあった「AA」(90点以上に対応)である。

【コメント】

 大学の試験で実際に出題した問題を題材にしているが、完璧に答えようとするとなかなかの難問だ。短文の出題の中に多くの回答すべき要素がある。おそらく日本の年金基金の運用担当者(本来は満点を取れなければならない「プロ」だ)でAA(=90点以上)を取れる人数は片手に満たないのではないか。

 今後FRBの政策転換によって利回りが上昇すると、外国債券は、投資を検討する甲斐が出てくる可能性があるかも知れないアセットクラスだ。検討のポイントをよく理解しておきたい。

 一方、個人投資家の場合、外国債券は、対面営業の金融機関にあって、見えないところで手数料稼ぎをされやすい「危ないアセットクラス」でもある。正直に言って、近づかない方が無難だ。(2022年1月30日 山崎元)