※本記事は2010年1月29日に公開したものです。

(1)「賃金上昇率プラスα」は運用目標になるか?

 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やKKR(国家公務員共済組合連合会:筆者は運用委員会の委員を務めている)など、公的年金の資産運用に関する報告書をホームページで読むと、賃金上昇率プラス何%といった形で運用目標が書かれていて、近年の運用環境は厳しかったものの、たとえば過去5年で見て、この目標は達成されている、といった記述が見つかる。

 公的年金の場合、大まかに言うと、掛け金も給付も賃金の変化に対して比例的に変化する仕組みになっているので、賃金の上昇率に対して一定以上の利回りが維持されていれば、少なくとも運用が年金財政全体の悪化をもたらさないということがいえる。

 年金運用の目標は年金財政から決まるべきだという考え方には一理あり、現在、公的年金の運用計画の策定や運用結果の評価において一定の説得力を持っているし、現実にこうした運用目標が採用されることがある。

 しかし、ここ数年のように賃金がマイナスに変化している状況では、こうした運用目標は極端なことを言えばリスクを取りさえしなければ十分達成される。

 逆に、実質賃金が上昇するような局面では、金利がインフレ率にスライドして上昇しても賃金上昇率を上回る利回りを達成することは難しくなる。金融業界としては、将来の賃金の上昇やインフレに備えて株式投資や商品投資、あるいはオルタナティブ運用などの必要性を売り込まなければならないところだが、これらへのリスクを取った投資が賃金上昇率に勝てるという保証はないし、上昇どころかマイナスの利回りにつながるケースもあるのは、近年の経験が示すとおりだ。

(2)ベンチマークの三条件

 資金の運用目的を離れて、運用そのものについて目標設定と評価を考えると、ベンチマークに対する対比で運用の良し悪しを評価するのが普通だ。

 この仕組みの下では、どのような大きさと性質のリスクを取るのかということと、その結果得られたリターンがリスクに見合ったものなのかということをまとめて評価すると共に、将来の運用の概要を投資家に伝えるコミュニケーションの手段をベンチマークが果たしている。

 ベンチマークは一般に、(1)透明性(何でどう構成されているかが明らかであること)(2)再現性(同じリターンがトレース可能であること)(3)規範性(それ自体として望ましいポートフォリオであること)の三つの条件が必要だ。そうでないと、ベンチマークは運用に悪影響を与えかねないし、運用に関するコミュニケーション手段として十分に機能しない。加えて、ファンドマネジャーの評価に使う対比相手としてフェアでない。

 これらの点から考えると、「賃金上昇率(プラスα)」は、年金財政上の必要性と上手く対応しているかも知れないが、運用目標としては不十分だ。

 また、運用というものは負債側から見た「必要性」だけが理由で行われるものではない。端的に言って、儲かりすぎて困るということはない。もちろん、一定のリスクの制約の下でだが、リターンは高ければ高いほど良い。

 賃金上昇率プラスαが運用目標として不十分な理由は、一つには「リスク」の概念が含まれていないからだろうし、もう一つには賃金上昇率をトレースすることができる運用手段がないからだ。