フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が書いた「21世紀の資本論」の英語版が先月出版され、経済学者の間で大論争を巻き起こしています。先週はNYタイムズ紙のハードカバー・ノンフィクション部門でベストセラーに躍り出ました。アメリカでこれだけ話題になっている本なので、日本語版が出版される日もそれほど遠くないのではないかと思いますが、私も発売後すぐに読みましたので簡単に感想を述べておきたいと思います。

本の内容を簡単にご紹介しますと、

  • 資本主義の基本的な第一の法則
    資本所得÷所得=資本収益率×(資本÷所得)
    例えば資本収益率が5%で、資本の所得に対する割合が600%とすると、資本所得÷所得(資本所得が所得全体に占める割合)は30%。
  • 18世紀以降の主にヨーロッパとアメリカのデータを集め、(資本÷所得)がヨーロッパでは1910年までは600~700%、1920~70年まで300%前後に低下した後、現在500~600%に上昇、アメリカは歴史的に比較的安定していて、400~500%から300%台に低下した後、現在400%台に。日本は80年代後半に700%まで上昇後、現在600%。
  • 資本主義の基本的な第二の法則
    資本÷所得=貯蓄率÷経済成長率
    例えば貯蓄率が12%で成長率が2%とすると、その国の(資本÷所得)は600%に収束していく、という意味。ちなみに1970年から2010年のアメリカの純貯蓄率は7.7%、日本は14.6%。
  • 世界の経済成長率は21世紀後半に1.5%に低下する一方、貯蓄率は10%前後で安定すると予想。この結果(資本÷所得)は700%近くに上昇するだろう。
  • 先進国の(資本所得÷所得)は1970年には15~25%だったのが、現在25~30%(これ以外は労働所得)
  • 1930年、アメリカの所得上位1%が占める割合は20%前後だったのが、1950~80年は10%以下に低下し、その後現在の18%に上昇。ただこれはアメリカ含むアングロサクソン系の国に見られる「スーパー経営者」の出現によるもの。ヨーロッパや日本では現在でも10%以下で安定している。また所得格差は富の格差に比べると大した事はない。
  • 1910年、上位1%が保有する富の割合はヨーロッパで63%、アメリカで45%、1970年にかけてそれぞれ20%、28%に低下した後、現在24%、34%。富の集中は進行中。
  • 富のある者は優秀な投資アドバイザーを付けられるのでさらに富が膨らむ。
  • 21世紀後半にかけて、資本収益率が4%台前半となる一方で、経済成長率が1.5%に低下する。この資本収益率>経済成長率という状態は長期間に渡って続く可能性が高く、その結果、富を持つ者と持たざる者の格差は広がっていく。
  • 世界は20世紀前半に見られた「世襲資本主義」に戻りつつある。
  • この傾向を止めるのは政府の介入によってしか実現しない。具体的には世界各国協調による毎年最大2%の富裕税の導入、及び累進課税の強化など。

2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授は「今年、いやこの10年で最も重要な経済書籍」と評価しています。アメリカでは特に金融危機以降、しばしば格差問題が取り上げられる事があり、クルーグマン教授も折に触れてNYタイムズ紙で取り上げてきました。しかし2011年に起こった「ウォール街を占拠せよ」運動でも見られるように、アメリカでは格差問題がそれほど広がりを見せる事もありませんでした。その意味ではこの本は、少なくともアメリカ人に格差問題を考えさせる、という点では大きな成功を収めたと言って良いでしょう。

そしてその理由は上記の通り、18世紀から今まで、ヨーロッパとアメリカをはじめとする全世界のデータに基づいているという点にあると思います。実際、この点は多くの経済学者の高い評価を得ています(最近になってフィナンシャル・タイムズ紙等がデータの問題点を指摘していますが)。また格差問題を論じる際によく見られるのは「金持ち」と総称してしまう事ですが、この本ではまず所得の偏在について調べ、次に富の偏在について調べる、というステップを踏んでいます。さらに投資アドバイザーが富の増加に重要な役割を果たしている事をデータによって示しているのも、他の読み物にはあまり見られない点でした。

ただ本全体を通じて疑問に思う事が多いのも事実で、実際の所、アメリカでの反響も真っ二つと言って良いでしょう。例えばピケティ氏はデータの収集方法やその定義についてはかなり慎重に前置きをしているのに対して、そこから導かれる結論や主張はややデータを離れ、時に感情的と見られる部分も散見されます。またそもそも、なぜ格差が問題なのか、について「このまま格差が広がると革命が起こってしまう」等以外に、特に突っ込んだ問題点を列挙しているわけではありません。さらに現在、格差が拡大傾向にある中で、それが経済に与えてきたメリットもあるはずですが、それらのメリットが殆ど語られないまま格差だけが問題視される内容になっています。具体的には特に金融危機を通じて、リスクを取る人を優遇しなければアメリカ経済は立ち直れない状況にあったからリスクテイカーが優遇されたわけですが、その結果として格差が生まれている経緯については語られていません。

さらにピケティ氏が最後に提唱している、世界が協調した富裕税の導入や累進課税の強化などの解決策を見るにつけ、格差問題の解決は非常に難しく、実現したとしても遠い遠い先の話と考えざるを得ませんでした。そのような世界協調が実現するには、多くの国で財政状態がかなり改善している事が条件になりますが、現状を見るにつけ、そのような状態は少なくともこの先10年や20年で想定できるものではないからです。しかし今回、社会主義に近いフランスの経済学者の本が、資本主義の最先端、アメリカに一石を投じ、格差問題を再考する大きなきっかけとなった事は確かです。将来に向け、皆さんの投資方針を考える上でも参考になる本だと思いますので、是非ご一読をお薦めします。

(2014年5月26日記)