ウォール街の格言「5月に売ってどこかへ」の5月が終わりました。残念ながら、少なくとも一旦は、格言通りの高値を見てしまった可能性が高いでしょう。

これまでの2010年、11年、12年は、いずれも4月に一旦高値を付けていました。そしていずれも4月に高値を付ける理由がありました。
第一に、アメリカでは4月中旬が個人確定申告の期限となっています。所得に応じて税制上優遇される退職金積立ての金額が決まりますので、やはり確定申告によって所得が確定するこの時期に、積立て金額を決定し、株式投資をする人が多くなります。自ずから株式市場の需給は引き締まり、相場は上昇しやすい時期となります。
第二に、これまでの3年間はいずれもその6月末で、連銀によるQE(量的緩和)が一旦終了する予定となっていました。2010年6月末はQE1(量的緩和第一弾)が、2011年6月末はQE2(同第二弾)が、2012年6月末はオペレーション・ツイスト第一弾が、終了。QEが株式相場に与える影響が大きかった分、その反動に対する懸念が高まっていったと考えられます。
第三に、そのいずれの年も、夏にかけてが欧州債務危機が深刻化、又は再燃していた時期でした。

私は、第二、第三の理由は今年には当てはまらないので、これまで3年連続となっていた4月高値という可能性は低いだろうと考えていました。実際、これまでで最も強力とも言えるQE3(量的緩和第一弾)の影響が大きかったのでしょう。5月に入っても、それまで3年間のパターンを払拭するかのような上昇ペースを続けてきました。この結果アメリカの代表的株価指数であるS&P500は7カ月連続で上昇、5月末までで今年の上昇率は14.3%に上っています。

しかし5月下旬に差し掛かり、いくつか相場の高値を示唆する兆候が顕在化してきました。
まず、今年これまでの株式相場の上昇を牽引してきたのは、実は景気敏感株やハイテクではなく、公共株やREIT(不動産投資信託)などの高配当銘柄群、食品・薬品などのディフェンシブセクターです。いずれも市場平均を上回る20%近くの上昇率となっていました。しかし5月に入ってこれらのセクターが全体の市場に先行する形で下落を始めたのです。そして高値からの下落率は10%近く、実に年初来の上昇の半分近くを吐き出してしまった事になります。

言うまでもなく、主な要因はバーナンキFRB議長を含む、連銀関係者によるコメントでしょう。もちろんタカ・ハト派の両方から沢山のコメントが流れましたが、総じて市場は、ハト派による量的緩和縮小を示唆するコメントに反応したようです。4月に1.6%台だった10年物国債利回りは一時2.2%にまで上昇しました。景気敏感株が牽引役である相場ならまだしも、これまでの牽引役となってきた銘柄群の性質からして、長期金利の上昇に耐えられる市場ではありません。ディフェンシブ・セクターから景気敏感セクターへ上手くバトンタッチ出来れば良いのですが、今の景気はまだそのような状況ではありません。

また5月中旬から変動率指数がコンスタントに上昇してきているのもネガティブです。月末にかけて相場はそれほど下落しているわけでもないのに、変動率指数の上昇はコンスタントです。連銀による量的緩和の先行きに加え、恐らく日本の株価が乱高下している事も投資家心理に影響を与えているものと思われます。もともと高値を付けやすいタイミングである事に加え、上記のような要因が重なった事もあり、当面株式相場は調整局面を余儀なくされるでしょう。問題はこの後、どのような展開を辿るかです。

可能性が高いのは、価格的には比較的小幅の下落にとどまるシナリオ。90年以降のS&P500指数のデータを見てみますと、7カ月以上連続で上昇したのは6回あり、うち7カ月連続が4回、8カ月連続が2回、9カ月連続で上昇した事はありません。その意味では、既に7カ月連続で上昇している相場、いずれにしても近々調整局面入りする事は避けられないという事です。ただ良いニュースは、7カ月以上連続で上昇するような時は市場環境が良いので、その後の調整も比較的小幅にとどまるパターンが多い事です。過去6回の平均下落率は4.8%にとどまっており、しかもその全てのケースでその後、最高値を更新しています。

ただ、私が気になっているもう一つのシナリオがあります。それは前号でも記したデフレシナリオです。最近、特に発表される先行指標など大して良くないのに、またインフレ関連指標など連銀の目標を大幅に下回っているのに、連銀関係者も市場も最近は量的緩和縮小の議論ばかりです。金融機関などは、連銀がQE3で債券を買ってくれるのをアテにして、先回りして債券を購入して在庫を抱えているので気になるのは分かりますが、QE1のケースも、QE2のケースも、結局は足りなかったというのが現実です。少し量的緩和が効いてくると、一旦デフレに陥ったらなかなか抜け出せないという怖さを忘れてしまうのが人間の心理なのでしょう。

最近の中国、オーストラリア、カナダ等のクレジット環境や商品相場の動向を見ていると、このシナリオの可能性は否定できません。量的緩和が効くのは「景気が良いのに金利が上がらない」という状況であって、一旦デフレに陥ってしまったら効きません。せっかく量的緩和が効き始めてこれからという時、量的緩和縮小の議論が必要以上に先走るようだと、今年の上昇分を吐き出してしまうくらいの下落も覚悟しなければならなくなるでしょう。

(2013年6月3日記)