既に何度もご紹介してきている事ですが、我々の投資方針は「良いビジネスを安く買う」です。通常、良いビジネスが安く買えるというような、都合の良い機会などそれほどあるものではありません。しかし「スペシャルシチュエーション」(特別な機会)に注目しておけば割安株に投資できる事が多い、というのが我々の経験であり、得意とするところです。このような投資スタンスを取る我々のレーダー・スクリーンに、日本株である第一生命(8750)が登場したのは2010年春の事でした。日本株への投資を検討するのは久しぶりの事でした。

我々が投資候補に対して第一に分析するのは「良いビジネスか」のチェックです。そもそも、私は保険というのはとても良いビジネスだと思っています。著名投資家ウォーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェー社の主たるビジネスも保険です。特に平均寿命が年々伸びていく中で、生命保険というビジネスはなおさらです。自分にもしもの事があった時家族が困らないように、と誰もが生命保険の加入を考える事があるでしょう。しかし、そもそも安心を買うために保険に加入するのに、もしもの事があった時に保険金の支払能力に疑問符が付くような会社の保険に加入しても意味がありません。そこで生命保険加入にあたっては、会社の信用力は非常に重要な要素です。その点では業界第3位にある第一生命は非常に有利な位置にいる会社だと思います。

第二に分析するのは、「どの水準であれば割安と言えるか」のチェックです。我々は保険会社では多くの場合、これを株価が一株当たり純資産と同じ(=純資産倍率が1倍)になる水準に設定しています。第一生命の場合、我々の計算ではちょうど10万円でした。この水準では第一生命の価値は、保有している純資産の価値のみで取引されている事になります。「純資産の価値のみ」というのは、第一生命が業界第3位であるという事実も、ブランドネームも、あれだけ優秀な経営陣・従業員がいるというビジネスの価値も、一切反映されていない、という事になります。通常、保険会社の株式がこのような水準にまで割安になる事は殆どありません。しかしそれを可能にしたのは、今回第一生命の株式割当条件の特殊性でした。

我々が最も注目したのは届出書中、1,000万株のうち、290万株が既存の保険契約者に割り当てられるという、特殊な条件でした。要するに発行される株式のうち約3割が、株式購入コストを気にしなくてよい人達に割り当てられるという条件になっていたのです。このようなケースで、第一生命の株式を割り当てられた保険契約者はどう考えられるでしょうか。殆どの投資家にとって割り当てられた株式は「棚からぼたもち」でしょう。もともと第一生命に投資したくて株式を割り当てられたのではない人が殆どでしょうから、株価に拘わらず、市場で株式を現金化してくる可能性は非常に高いと推測できました。それも発行株式の約3割という、非常に高い割合の株式保有者がそのような行動を取ってくる訳ですから、株価が必要以上に下落する可能性は高かったのです。

これは日本では特殊なケースかもしれませんが、実は欧米では「スピンオフ」(企業の分離・独立)の際に同じような事が起こります。Drペッパーはお好き?(2010年6月16日)の例では、イギリスのキャドバリー・シュウェップス社からDr.ペッパーがスピンオフした際に、キャドバリー・シュウェップス社の株主にDr.ペッパー株が割り当てられました。しかし多くのキャドバリー・シュウェップス社の株主はDr.ペッパー株には興味は無かったでしょうから、市場でDr.ペッパー株が投売りされてくる可能性は高かった訳です。正に「よいビジネスを安く買う」絶好の機会でした。

同様に、第一生命株に対してもこのような売りが出たと推測されます。2010年9月にかけて株式公開時に比べて40%下落、買い付け目標の10万円でファンドの5%の資金を投入して投資を実行する事ができました。日本では税制上、純粋なスピンオフの機会に恵まれる事は殆どありません。しかし第一生命株は日本では珍しい、スピンオフに似たスペシャルシチュエーション・バリュー投資機会の一つでした。

(3月7日記)