4月16日、米証券取引委員会(SEC)は証券大手ゴールドマン・サックスを証券詐欺の疑いで提訴、これを受けて同日の米株式相場は金融セクターを中心に大幅下落となりました。SECによると、ゴールドマンは投資家に、通称アバカスと呼ばれる擬似CDO(債務担保証券)を販売する際、その裏付けとなる資産の選定において、当該資産価格が下落する事によって利益が得られる立場の者が関わっていた事を開示する義務を怠った、結果的に投資家は10億ドル強の損害を被った、という容疑になっています。
最悪敗訴となった場合でも、10億ドル強だけであれば今のゴールドマンにとっては十分対応可能な金額でしょう。またこの擬似CDOは私募で、機関投資家などの有資格投資家に対してしか販売されておらず、投資家サイドが精査を怠ったという責任も否めません。さらに、利益相反関係にある者が資産選定する事によって、より擬似CDOの価値が下落する可能性は高まったかもしれませんが、いずれにしろサブプライム危機は訪れ、この擬似CDOが紙くず同然になるという結果は変えられなかったはずです。このような中、アメリカでも何故、市場がこれほど反応するのか疑問の声が上がっています。私の知っている範囲でその理由をご説明したいと思います。
2006年末と言えば、ちょうど当社でも来るべき住宅バブルの崩壊に対し、どのようにファンドを守るか施策を練っていた頃でした。住宅価格は既に2006年8月にピークを打ち、その先行指標である住宅建設会社の株価は既に2006年春以降右肩下がりで、バブル崩壊が刻々と迫っている気配が感じられました。しかし実際の所、住宅価格下落に対してヘッジする手段というのは極めて限られているというのが当時の結論でした(結局2007年春に金融保証会社モノライン2社の空売りを開始しました)。恐らくウォール街の証券会社や他のファンドも、来るべき住宅バブルの崩壊に対しどのように会社を守るか、ファンドを守るか、その施策に腐心していた事は容易に想像が付きます。ゴールドマンにとって、その手段が前出のアバカスだったのでしょう。
私が知る情報の範囲では、アバカスは正に、ゴールドマンが来るべき住宅バブルの崩壊に対し会社を守るために組成した商品であったと認識しています。住宅バブルの崩壊に対し会社を守るため、住宅バブルが本当に崩壊した時に大きな利益が生まれるような商品を用意しておく必要があったのです(実際、他の商品等も駆使し、結果的にゴールドマンは今回の住宅バブル崩壊による悪影響から見事に逃れています)。しかしゴールドマン自身が証券会社である限り、ここで利益相反が生じます。即ち、ゴールドマン自身が住宅バブル崩壊によって利益が生まれるようにするには、住宅バブル崩壊によって損失が生まれる商品を投資家に販売しなければなりません。
大きな視点で見て利益相反が生じているのだから、個別案件を見ていけば証券取引法違反が見つかるはずだ……これがそもそもの当局の見立てなのだと思います。そして調査を進めた結果、今回の立件に至ったというのがこれまでの経緯でしょう。とすれば、今回の立件は単なる第一弾である可能性が高いという事になります。SECで仕組金融商品部門が発足したのは今年1月で、同部門にとってはまだ立件第一号です。さらに、唯一訴状に名前を挙げられた従業員は31歳で、とてもSECが狙う本命とは思えません。むしろ司法取引をちらつかせ、さらに大きな不正や大物の摘発につなげようとしているのではないでしょうか。
もちろんゴールドマンとしては、特に今回のように利益相反を疑われかねない案件においてはコンプライアンスに万全を期しているはずで、簡単にSECの勝利というわけにもいかないでしょう。しかし、今回の立件によって、他の新たな訴訟を招く可能性が高まりました。精査を怠っていた事を世間にさらされるのが恥ずかしいと考えていた機関投資家も、相手が証券詐欺の疑いと見れば態度を変えてくるでしょう。またアメリカの歴史上、SECと「断固として戦った会社」にあまり良い結末は訪れていません。これらが、市場が「額面」以上に反応している背景と見られます。
思えばサブプライム問題に始まる一連の金融危機の中で、住宅ローン会社、モノライン、証券会社、銀行などバブルに踊った主体はその度合いに応じて負担を負わされました。一方でその例外が格付け会社とゴールドマン(納税者による間接的救済によって)というのは共通認識だと思います。新金融規制導入を前に、当局がその帳尻合わせに動き始めたという事ではないでしょうか。
(2010年4月17日記)








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