中国・中国人は東京五輪をどう見て、どう語ったか?
ここからは、今回の東京五輪を中国がどう見て、どう語ったのかを見ていきたいと思います。
まず、人民の愛国心やナショナリズムに関する世論の動きです。
卓球混合ダブルスで、水谷隼・伊藤美誠選手が中国の許昕(シュー・シン)・劉詩雯(リュウ・シーウェン)選手を決勝で下し、金メダルをとったこと、また体操男子個人総合で橋本大輝選手が金メダルを、肖若騰(シャオ・ルオタン)選手が銅メダルを獲得したことなどに、中国のネット世論は強くかみつき、日本の選手にひぼう中傷を浴びせるような場面も見られました。
また、日本チームの闘う姿勢やレフェリーの審判が公平さに欠けるという類いの主張や批判が至るところで見られました。
やはり、卓球や体操といった競技は中国のお家芸ですから、日本に負けたとなると、人民のナショナリズム、場合によっては反日感情に一気に火がついてしまいます。
幸いだったのは、当の中国人メダリストたちは冷静に対応していたことです。彼ら、彼女らは、試合の結果を真摯(しんし)に受け止め、共に闘った日本人選手に敬意を表していました。
近年、中国のマーケットや世論を観察しながらしばしば感じることですが、中国国内あるいは国境を越えて事件が起きたとしても、ネット上の世論がヒートアップする一方で、当事者としての企業や個人は冷静に物事に対処する傾向が見られます。昨今物議を醸している、当局によるITや教育業界への規制策を受けた、該当企業側の対応を含めて、です。要するに、「中国は…」「中国人は…」とひとくくりで語ることはできないということです。この点は、私たちが中国という巨大マーケットを理解し、投資する上でプリンシプルにすべきだと思います。
2020年11月、王毅(ワンイー)国務委員兼外相が訪日し、茂木敏充外相と会談をした際、「中日が五輪をめぐる協力を通じて、両国民の友好を促進し、アジアの国際五輪事業への貢献度を向上させることを願っている」と語っていますが、これが中国共産党指導部の基本的なスタンスです。それは、当局の統制下にある中国メディアが東京五輪を報じる上でのボトムラインになります。要するに、決してネガティブキャンペーンはせず、開催にあたっての日本の努力を、前向きに評価することを前提にしているということです。
新華社通信の報道を見てみましょう。
8月8日の閉会式後、「シンプルだが簡単ではなかった:東京五輪が感動の中で閉幕」という記事を配信。「8月7日夜、台風が突如東京を襲った。8日午後、東京五輪閉会式まで3時間となったところで、雨は収まり、雲も散り、東京湾上には虹が現れた」という冒頭から始まります。記事は、閉会式では、男子陸上100メートル準決勝で9.83秒という驚異的なアジア新記録を打ち立て決勝へと進んだ蘇炳添(スー・ビンティエン)が旗手を務めたこと、東京五輪を通じて、中国は金メダル、メダル数ともに第2位だったことなど中国チームの様子も描写しつつ、次の言葉で記事を結んでいます。
「会場の人々は現場を離れたくなさそうであった。今夜の東京は五輪に忘れることのできない思い出を残した。世界に素晴らしい祝福を送り届けた」
また、同日に配信された新華社の評論記事では、東京五輪が閉幕した8月8日という日が中国にとって特別であることを提起しています。2008年8月8日は北京五輪開会式の日に当たること、6カ月経てば北京冬季五輪、次は中国の番だという論調で書かれています。
これらの記事はいわゆるプロパガンダ(宣伝工作)と言われるもので、共産党・政府の政治的立場を代弁するものです。これだけでなく、中国メディアは、日本国民は緊急事態宣言下の五輪開催に複雑な思いを抱いていること、多くの国民が閉会式を評価していないこと、東京五輪は歴史上最高額を投入し、損失も最大であったことなども詳細に報じています。直近で言えば、五輪報道に関わったテレビ朝日の職員10名が、閉幕後、都内で飲食会合を開き、うち一人が店の外に転落し負傷したことさえも報じており、異例の状況下で開催された東京五輪が、決して「よかった」「素晴らしかった」では片づけられないものであったことは、中国世論に広範に伝わったと思います。