このコラムや講演等でも申し上げてきましたが、私がドル円相場で円高の予想に転換したのはちょうど1年ほど前、2015年春のことでした。2014年10月末、日本のいわゆる「ハロウィーン緩和」により期待インフレ率が急上昇して円の実質金利が低下。これが日米実質金利差の拡大につながり、ドル円は年末にかけて120円台に上昇していきました。しかしその後、今度は逆に期待インフレ率が急低下、2015年春の時点で我々の計算では110円以下でもおかしくないところ、その後もドル円は半年以上に渡って120円又はそれ以上での取引が続いていたのです。
もちろん市場の事なので、110円以下でもおかしくないと言っても、すぐに110円以下に行くとは限りません。市場には様々な参加者が居て、とにかく一定期間内に必ず円を売って外国の債券や株式をポートフォリオに組み入れなければならない投資家も居るでしょうし、国内外の要人発言など、短期的な要因が気になる人も居るでしょう。しかし究極的に問題なのは、「貴方は何故その通貨を持っているのですか?」ということです。市場取引というのは遅かれ早かれ、結局それが説明できる水準に収束していくからです。
その判断を下すに当たって考えなければならない問題は何か。それはドル円の場合だと、ある一定期間内、ドルを持っているのと円を持っているのと、どちらが有利かということです。例えばドル金利が3%で円金利が1%だったとします。ドルで運用すると1年後に3%増える一方、円では1%しか増えませんから、一見ドルで運用する方が有利に見えます。しかし例えば、ドルは1年間で3%価値が下がると予想されている一方、円の価値は一定に保たれると予想されているとすれば、金利と通貨の価値をあわせて考えれば(=実質金利で考えれば、ドルが0%、円が1%になるので)、実は円で持っている方が有利ということになります。この「ドルが1年間で3%価値が下がる」という予想が期待インフレ率に他なりません。
インフレ率、と言うと、多くの方は物価上昇率を想像されると思います。しかし物価の上昇と通貨価値の低下は単にコインの表裏の関係であり、そもそも同じ事象です。分かりやすい例で言えば、これだけ世界中でデフレとの闘いが続いてる中でも、今年、ベネズエラのインフレ率は500%近くになると見られています。これは明らかに、物価が上昇しているというよりも、実質的に通貨の価値が下落している例です。インフレを物価の上昇と考えても通貨価値の低下と考えても同じ事ですが、とりわけ金融市場においてはインフレ=通貨価値の低下と考えた方が様々な市場の変化が理解しやすいと思います。
これは個人や企業がお金を借りる時にも影響します。というのは、ドルの名目金利は3%でも、インフレ率が3%なのであれば、実質的な借り手の負担はゼロです。名目金利が1%でもインフレ率が0%の円で借りるよりは得なので、相対的にドルの資金需要が増加し、延いては経済成長につながりやすくなるでしょう。アメリカの株式相場は2月後半から回復が続いていますが、これは同時期以降、5年物で見てアメリカの実質金利がマイナスに転じているのが大きな要因だと思います。そしてその実質金利の中身を見てみると、名目金利が低いというよりも、期待インフレ率が比較的高く保たれていることが貢献しているのです。このように、経済を考えるにおいても、株式市場を考えるにおいても、為替市場を考えるにおいても、実質金利は非常に重要な要素です。実質金利が高いと貸出が増えない+円高のダブルパンチで日本の株式相場は下落し、景気は悪くなります。逆に実質金利が低いと貸出が増える+円安の相乗効果で日本の株式相場は上昇し、景気は良くなります。