私自身のWeChat使用過程での体験

 このテンセントの中堅幹部は「特に政治的に敏感な内容や対象に及ぶ場合」という言及をしました。まさに、過去10年以上にわたって、中国本土や香港で言論活動をしてきた私にとっては、まったく人ごとではなく、個人的に「この問題」には日々注意しながら対処してきました。

 例えば、「中国のLINE」に相当する「WeChat」は、中国人との間で、すでに連絡の手段としてだけではなく、仕事関連の交渉をしたり、政策に関する議論をしたりするプラットフォームになっています。私自身は、基本的に、「WeChat」で言及する内容、連絡先、同アプリに登録している銀行口座などを含む個人情報は、すべて当局によって見られているという前提で使用しています。

 私は中国政治や国際関係の研究や発信に従事しています。まぎれもなく、中国当局が政治的に敏感になる、故に監視の対象とする人間です。会話の過程で記す文字、添付する写真やファイルなどは足跡を残しやすいので、若干敏感な話をする際は、ボイスメッセージを使ったり、アプリ内の電話機能を使うようにしています。それでも固有名詞は可能な限り使わず、イニシャルや暗号を用いて意思疎通を図るようにしてきました。

 仮に一人のユーザーが、「WeChat」内で(特にグループチャットに当局は警戒する)、中国共産党が政治的に嫌がる内容を頻繁にやり取りしたり、文章や写真を添付、配信したりした場合、テンセント社は、当局の指示を受ける形で、あるいは当局にそんたくする形で、同ユーザーのアプリ使用を禁止すべく、登録を強制的に抹消します。私の周りでも、抹消に遭遇した知人は、仕事のパートナーを含め、多々存在します。

 近年、印象的だった例を一つ挙げます。

 2018年以降、私は香港を拠点に活動してきました。「逃亡犯条例改正案」をきっかけに、2019年6月以降、頻繁に発生した反中・反共抗議デモ(香港では「反送中運動」と呼ばれる)は、いまでも記憶に新しいでしょう。デモの現場に足を運び、写真や映像に収めました。そして、できる限りしないようにはしていましたが、時折、中国本土にいる知人の要請を受け、現場の写真を「WeChat」を通じて送信しようとしたことがあります。

 こうした場合、往々にして発生するのが、香港から送信している私のスマートフォン画面では、送信完了となっているのに、中国本土にいる先方が受信できないというケースです。写真、文字、ファイルを含め、送信できない、受信できない、送信したと思っていても、相手に表示されないといった事態は頻繁に発生します。

 テンセント社内部に、ユーザーの情報発信や意思疎通を監視、審査する部門や、政府との関係を円満に処理するための部門があります(アリババや百度を含め、中国のIT関連企業内部にはこの手の組織があり、日々慎重に案件を処理している)。これらの部門が、自主的に検閲の対象とするキーワードや人物に関するリストを作成、アップデートし、日々の業務の中で実践しているのです。仮に、自社の「管理不足」「検閲不徹底」が原因となり、当局の指導や介入を招けば、往々にして罰金や処分が下されます。そうならないように、事前に対処法を見出し、ユーザーの情報、ユーザー間で行われるやり取りを監視、管理しているということです。