【2】投資家の属性の「意味」が投資の邪魔をする

 仮に、読者が投資に詳しくて雑誌などのメディアから投資について取材を受ける立場にあるとしよう。おそらく、取材を受けるケースの過半が「何らかの属性を持つ人に対してどう投資をしたらいいかをアドバイスして下さい」という設定に基づくものだろう。設定されている属性は様々だ。「退職者」、「新入社員」、「45歳の男性」、「20代の女性」、「投資初心者」、「投資の中上級者」、「後期高齢者とその家族」、「富裕層」、「投資を始めるサラリーマン」、…、等々幾らでもある。筆者は、今挙げた例の取材を全て経験している。こうした取材を受ける際に感じるのは、取材する側が「投資する個人のタイプによって、適切な投資法、ないしは投資対象が異なるはずだ」という前提を当然だと思っているらしいことだ。あたかも、年齢や性別、体型などによって似合う服が異なるのと同様のことのように、「投資家のタイプ」に合った投資手法や投資商品があると思っているようだ。

 しかし、一つの質問を考えてみよう。

「初心者の投資家は運用効率が悪い投資商品に投資してもいいのでしょうか?」

 この質問の「初心者の」を、「退職者である」とか「サラリーマンの」とか様々に入れ替えて考えてみて欲しい。

 答えは何れも「止めて下さい。それは残念です!」だろう。

 殆どの投資家にとって、運用金額の大きさと、その中でどのくらいの大きさのリスクを取るかにちがいがあっても、リスク・テイクの大きさに対して最も効率のいい運用が好ましいはずだ。本来、難しい話ではない。

 厳密に言うと、リスクの大きさではなく質に差が生じることはある。例えば、勤務先の会社の株式は原則としてリスクの集中の点で好ましくない投資対象だが、勤めている会社が異なると、その対象が異なるという程度の差はある。

 しかし、例えば、つみたてNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)の中で投資すべき商品が、投資家が勤めている会社によって異なるということは、ほぼありそうにない。

 現実には、投資家の好みや性格が投資する商品の選択に影響することはあろうが、厳しく言うと投資する個人の好みは運用の効率には関係ない。好みを生かすことよりは、好みに影響されることで運用の効率を落としていないかを反省することの方が、(つまらないかもしれないけれども)有益な場合が多いはずだ。

 金融機関が従うべき金融商品取引法にあっては、投資家の属性に適合した商品を勧めなければならない、通称「適合性の原則」があるが、この原則を厳密に適用すると、セールスマンが投資家に勧めることのできる商品の数はごく限られたもの(せいぜい数個?)になるはずだ。

 リスクの大きさは、リスクを取る商品への投資の「金額」で調整できるので(この点はしばしば見落とされる)、リスクに対して一番効率のいい単独の商品ないし商品の組み合わせがあれば、リスクを取る投資の対象はそれだけで十分だ。他の商品に用はない。

 ここでも、運用商品を提供する側の事情を考えると、見通しが良くなる。「投資家のタイプによって、異なる運用商品がピッタリになる」というストーリーは、非効率的な(大半は売り手にとって収益のより大きい)運用商品を売るためのフィクションに過ぎないのだ。投資家の側では、このストーリーに付き合う必要はない。

 尚、「投資家のタイプ別」のマネー運用特集を組むメディアは愚かなのかが次の疑問となるかも知れないが、これは「その通り!」と「メディアは金融機関から広告を取るから」という答えの2つに理由が分岐しそうだ(「両方!」もあるかも知れない)。

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