3: Jさん(36歳既婚男性・国有銀行勤務・大学院卒・香港在住)の場合

 Jさんと私は同世代で、10年来、共に中国の論壇で闘ってきた執筆仲間です。深センの大学卒業後、香港の大学院に進学、その後、香港の著名新聞で働き始めました。書き手としてはそれなりに有名で影響力もありますが、香港という世界で最も住宅が高い場所では、「一生書き続けても30平方メートル、築50年の家も買えない」と約8年前、彼が嘆いていたのを覚えています。

 その後、彼は一大決心をします。

 収入という意味では香港で最も良い金融関係の会社に勤務し、収入面を安定させた上で、余裕を持って、長い目で大好きな執筆を続けることにしたのです。最初は英国の大手保険会社に、今では中国の大手国有銀行で、人事部経理として働いています。年収は約150万香港ドル(約2,000万円)で、本人いわく、「そんなに忙しくなく、家事や子供の世話を抜きにしても、一日3時間くらいは執筆の時間が取れる」とのことです。

 3年前、新界(ニューテリトリー)で念願のアパートも購入しました。50平方メートル、築25年、750万ドル(約1億円)。香港の住宅事情はそんなものです。

「引き続き奴隷のように働いてローンを返済していくよ」

 そんなふうに自嘲するJさん。家族が生活する場所があり、安定した収入と時間的ゆとりがあり、新聞への寄稿や書籍の執筆もできる範囲で続けられている現在の生活に満足しているように見受けられます。

 高収入が見込める企業で「適当に」働き、生活基盤を整え、余った時間とエネルギーで、真の意味で自分がやりたいことをやる。彼の話を聞いていると、それも一つの「理財という人生」なのだろうと考えさせられます。

 そんな彼の、最近の一番の悩みは、今年7月1日に施行された「香港版国家安全法」。同法によって言論の自由が奪われることを懸念しているのです。Xさんと同じくリベラルな価値観を持つJさんは、自らの言論空間を拡大し、書きたいことを書くために、言論統制がはびこる中国本土を離れ、香港に移住してきました。いまでは香港の永住権、パスポートを所有します。

 彼に問いました。

「仮に、この法律が原因となり、自由な議論や執筆ができなくなったらどうするか?」

 彼は迷わず答えます。

「その時は自分の本心に従うだけ。迷わず香港を離れるでしょう。ただ台湾には行かない。仮に、明日の台湾が今日の香港のようになれば、また移住しなければならなくなる。さすがに私の資金力ではそれは無理(笑)。香港の家を売却して、カナダかオーストラリアあたりに移住するでしょうね」

 そう。中国人の理財人生には常に「政治」という不確定要素が付きまとう。経済的、合理的観点から資産を運用していればいいのではない。政治という、権力の魔物から守るためのリスクヘッジを常時心がけ、政治的困難に見舞われるようになれば、決断と行動が求められる。

中国人の理財に、終わりはないのだ。