中国人はお金持ち?もっと知りたい!お財布事情
私自身は金融の専門家ではありませんし、株式や不動産投資などを通じた資産運用もしません。ただ、これまで中国で付き合ってきた知人や友人が、金融や運用の専門家でないにもかかわらず、日常的に、自らや家族の運命を賭けて資産運用をしている姿や光景を見てきました。その一部を、前々回のレポート「中国人の資産運用ってどうなってるの?実は、超投資先進国!?」で取り上げたところ、読者からの反響や関心は高く、「ぜひ続編を書いてほしい」「もっと読みたい」「シリーズ化に値するテーマ」といった声をいただきました。確かに、海外の人が生涯を通じてどのように資産運用をしているのかを知ることは、日本人にも参考になるのかもしれません。
ということで、今回は続編を書きます。簡単に前編のおさらいを以下にまとめておきます。
・中国では資産運用のことを「理財」(「財産を管理すること」と呼ぶ)
・中国人の「フィナンシャルリテラシー」は総じて高い
・中国人はリスクヘッジをしながら、自らの身の丈、性格、価値観、家族・親戚構成などに応じて多種多様、臨機応変な資産運用を行っている
・中国において「理財とは人生」。資産運用を通じて人生を豊かにする、家族を幸せにする、そこには儒教の「孝」、すなわち親孝行という目的も体現されている
今回も同様、私自身が良く知る友人3人に登場してもらいますが、その前に中国人の家計状況をザッと把握してもらうため、今年8月に上海高級金融研究院がアリババ社の「支付宝」(アリペイ)と協力して発表した「2020中国人資産運用趨勢(すうせい)報告」の概要を見てみましょう。
若年層のほとんどがネットで資産運用する中国
同調査報告によると、回答者の約7割が月給の10%以上、2割が月給の50%以上を資産運用に使いたいと考えており、ほとんどが専門的な金融機関から証券市場に参入、うち、9割は投資信託に委託し、2割が自ら株式に投資しているとのことです。そして近年の傾向が「理財の若返り化とネット化」で、若年層のほとんどはインターネット上で資産運用を行っているという現状が明らかになりました。
12億人以上が使用するアリペイには、短期消費、保険保障、投資増値という3項目を資産配分の対象とする、「理財健康度」を観測する「理財点数」というサービスが付いていて、すでに7億人以上がこのサービスを使用しています。満点は950点で、6割以上のユーザーが500点以上、4割近くが3項目にまたがる資産運用を行っていて、うち1990年代生まれのユーザーが半分を占めるとのことです。
獲得スコアを地域別で見ると、トップ10は上海市、北京市、江蘇省、天津市、浙江省、湖北省、四川省、広東省、山東省、重慶市の順。性別で見ると、女性の平均スコアは男性のそれより25点高く、資産運用能力では女性が男性を上回るという結果となっています。
最後に、回答者の9割以上が「安定的に収益を上げられず、損失を出す状況を受け入れられる」、約2割が「資産運用期間中、10%以上の損失を受け入れられる」という見解を示しています。要するに、「投資にリスクはつきものである」「リスクがあって、初めてリターンが見込める」という資産運用の常識を心得ている、それが中国人の理財観だと言えます。
いかがでしょうか。以前のレポートのタイトルに「実は、超投資先進国!?」という若干センセーショナルな文言を入れましたが、仮にそういう現状が存在するとしたら、それを支えているのはまさに人々の投資に対する意識、覚悟、リテラシーの高さにあると言えるでしょう。
では、次ページから私の友人3人の「理財」をケーススタディーとして見ていきます。
1:Cさん(39歳既婚男性・地方政府中堅幹部・大学卒・湖南省長沙在住)の場合
Cさんは、中国建国の父・毛沢東を輩出した湖南省で生まれ育ち、同省最難関の湖南大学を卒業後、地元の有力党機関紙に就職し、現在は党の中堅幹部として、日本の大手企業における課長のような立場で現場を取り仕切っています。典型的な地元のエリートですね。ただ、彼が話す普通語(マンダリン)には湖南なまりが強く、友人ネットワークやふるまいなどからも、北京や上海といった大都市には縁がなく、あくまで地元に根を張って生きてきた経緯を感じさせます。
Cさんの奥さんは大学の助教授、彼も言ってみれば地方公務員ですから、固定給は決して高くありません。夫婦は共働きですが、彼いわく、二人合わせて月給1万2,000元(約18万円)程度です。知識人である二人はともに安定志向。現在もうすぐ小学生になる子供が一人いますが、「二人目を作るか話し合ったが、お金もかかるし断念した」と漏らしていました。
そんなCさんの資産運用ですが、株式も投資信託商品も買いません。もっぱら不動産投資です。公務員として日々あらゆる業務に忙しくしている彼には、株価の動きを日々チェックする余裕や時間はなく、それよりも長期的視野で収益が見込める分野が自らの身分や性格に適合すると言います。
彼は現在、奥さんが勤める大学から近いマンションに家族3人で住んでいます。持ち家で、築5年、面積は120平方メートルです。5年前にジャスト100万元(約1,500万円)で購入したそうです。二人の年収の約7倍ですね。この物件を買う前に、彼は3つのアパートを所有していました。大学卒業後、結婚前、1軒目だけは両親に買ってもらって、残りの2軒は給料からねん出したり、銀行や友人から借金したりして買ったそうです。今回は、頭金の40万元(4件目の購入のため頭金が高めに設定されている)を出すために、最初に買った60平方メートルの物件を売却しました。12年前に12万元で購入していましたが、3倍の36万元で売れたそうです。
頭金以外は銀行から借金をしましたが、Cさんは他に二つの物件を持ち、貸していて、家賃収入が月に約1万元あり、二人の月収と合わせて、生活費、養育費、銀行への借金返済を賄っています。Cさんによれば、公務員と大学教員という夫婦の組み合わせは社会的信用力が高く、銀行からお金を借りる手続きも容易に進行するようです。
Cさん夫婦に転職や起業の願望はなく、現在の職種、職場で、湖南省の省都である長沙に根差してこれからも生きていく予定とのことです。現段階では5軒目購入の予定はないそうですが、「大きなお金が必要になれば、今住んでいる以外の2軒を売ればいい」と大きく構えています。この2軒の価格も、現段階で、購入当初からそれぞれ3倍、5倍に増えていると言います。資産運用としては十分に成功していると言えるでしょう。
「理財にかかるストレスも手間もない」と断言する彼は、日々の仕事と子供の世話以外に、週1回、地元の友人たちとのサッカーを楽しみながら、悠々自適な生活を送っています。
2:Xさん(57歳既婚女性・高校教師・大学卒・上海在住)の場合
Xさんは3年後に定年退職を控えます。上海の有名高校で物理を教えています。旦那さまにも一度お会いしたことがありますが、何の仕事をしているかは分かりません。彼女いわく、「能力が低く、特に取りえがない男。退職して、娘がいる米国に行く前に離婚する」と目を輝かせていました。
上海という物価高の大都市で暮らすXさんは、出身地の東北地方から移住して30年余、「生活は決して楽ではなかった」と言います。自らの月収は今でも約1万元(約15万円)で、たまに補修を施したり、塾で講師を務めたりしても、年収は15万元程度(約230万円)とのことです。「夫の給料や役割をあてにしたことは過去に一度もない」とも言います。
そんなXさん夫婦には、5年前に娘が渡米するまで3人で過ごした約80平方メートルの持ち家があります。資産はそれだけ。株も投資信託も買いません。貯蓄は50万元(約750万円)ほどあるようですが、中国共産党の一党支配を全く信じていない、リベラルな価値観を持つ彼女は、資産の安全性という観点から、生活に必要なお金以外、すべて娘の米国の口座に移しています。
Xさんは言います。
「私にとっての最大の投資先は娘」
私もXさんの娘(26歳)はよく知っていますが、上海の有名大学卒業後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院に進みました。専門は精神物理学。Xさんによれば、半年後に卒業を控える娘さんは、大学で教べんをとる選択肢もあったようですが、ボストンにある大手企業の研究開発部門に就職が決まったようです。年俸制で、初任給は20万ドル(約2,000万円)、Xさんの現在の年収の約10倍ですね。しかも、娘さんの報酬には出来高もあり、5年で倍以上の収入が見込めるとのことです。
「私が定年退職する3年後、娘の仕事も軌道に乗っているでしょうし、そのころには新型コロナウイルスもある程度落ち着いているでしょうから、心おきなく渡米し、米国での第2の人生をスタートさせます。ボストン郊外にある緑豊かな場所に、一軒家を購入するんです」
一人娘の教育に人生を捧げ、その娘は立派に独り立ちしつつある。3年先を見据えながら、Xさんは自らの「理財人生」を成功だったと振り返っていることでしょう。
3: Jさん(36歳既婚男性・国有銀行勤務・大学院卒・香港在住)の場合
Jさんと私は同世代で、10年来、共に中国の論壇で闘ってきた執筆仲間です。深センの大学卒業後、香港の大学院に進学、その後、香港の著名新聞で働き始めました。書き手としてはそれなりに有名で影響力もありますが、香港という世界で最も住宅が高い場所では、「一生書き続けても30平方メートル、築50年の家も買えない」と約8年前、彼が嘆いていたのを覚えています。
その後、彼は一大決心をします。
収入という意味では香港で最も良い金融関係の会社に勤務し、収入面を安定させた上で、余裕を持って、長い目で大好きな執筆を続けることにしたのです。最初は英国の大手保険会社に、今では中国の大手国有銀行で、人事部経理として働いています。年収は約150万香港ドル(約2,000万円)で、本人いわく、「そんなに忙しくなく、家事や子供の世話を抜きにしても、一日3時間くらいは執筆の時間が取れる」とのことです。
3年前、新界(ニューテリトリー)で念願のアパートも購入しました。50平方メートル、築25年、750万ドル(約1億円)。香港の住宅事情はそんなものです。
「引き続き奴隷のように働いてローンを返済していくよ」
そんなふうに自嘲するJさん。家族が生活する場所があり、安定した収入と時間的ゆとりがあり、新聞への寄稿や書籍の執筆もできる範囲で続けられている現在の生活に満足しているように見受けられます。
高収入が見込める企業で「適当に」働き、生活基盤を整え、余った時間とエネルギーで、真の意味で自分がやりたいことをやる。彼の話を聞いていると、それも一つの「理財という人生」なのだろうと考えさせられます。
そんな彼の、最近の一番の悩みは、今年7月1日に施行された「香港版国家安全法」。同法によって言論の自由が奪われることを懸念しているのです。Xさんと同じくリベラルな価値観を持つJさんは、自らの言論空間を拡大し、書きたいことを書くために、言論統制がはびこる中国本土を離れ、香港に移住してきました。いまでは香港の永住権、パスポートを所有します。
彼に問いました。
「仮に、この法律が原因となり、自由な議論や執筆ができなくなったらどうするか?」
彼は迷わず答えます。
「その時は自分の本心に従うだけ。迷わず香港を離れるでしょう。ただ台湾には行かない。仮に、明日の台湾が今日の香港のようになれば、また移住しなければならなくなる。さすがに私の資金力ではそれは無理(笑)。香港の家を売却して、カナダかオーストラリアあたりに移住するでしょうね」
そう。中国人の理財人生には常に「政治」という不確定要素が付きまとう。経済的、合理的観点から資産を運用していればいいのではない。政治という、権力の魔物から守るためのリスクヘッジを常時心がけ、政治的困難に見舞われるようになれば、決断と行動が求められる。
中国人の理財に、終わりはないのだ。
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