運用よりも、先ず貯蓄!

最近、筆者は、セミナーや講演などで、「老後という人生の大問題を、運用だけで解決しようと思わない方がいい」と述べることが多い。老後の問題は、主として異時点間、即ち現役時代と老後の支出の配分問題として考えるべきであって、これを考えずに、「老後に必要な資産を、運用を上手くやって確保しよう」と思うのは間違いの元だ、というのがその主旨だ。

さて、先日、人生相談を得意としているあるファイナンシャル・プランナーと教育投資の考え方について一緒に検討した際に、「教育費に限らず、家計にとって、掛けていい費用なのかどうかは、その支出を行った上で、必要貯蓄額が確保できるかどうかで判断します」というノウハウを伺った。

確かに、将来を展望した上で必要と考えられる貯蓄額が確保できるのであれば、細々とした節約に煩わされずに生活を充実させることができる。あとは、金融機関に余計な手数料を払ったり、怪しい投資話に騙されたりしないように、貯金の運用に気を付けたらいい。

マネープランニングにあって、「必要貯蓄額の確保」という判断基準は汎用性があって大変優れているように思う。

そこで問題になるのは、必要貯蓄額の計算だ。

FPなどのお金の専門家は、「老後の生活費は幾ら(くらい)欲しいか」といった質問に対するアンケートなどで集めた平均値を使う場合が多い。しかし、現役時代の所得の高い人は、老後にも多くのお金を使いたいだろうし、逆も然りであろう。また、現役時代の所得も変化するし、現役・老後を通じて生活の仕方も変化する。

所得の中からどれくらいの額を貯蓄したらいいのかという問題は大変重要だ。筆者は、この問題に対して簡単な目処を提示する方法はないかと考えるようになった。以下は、その試みの一つだ。

必要貯蓄率の計算式

分析のために、幾つかの仮定を設ける。

先ず、分析対象者の今後の現役時代の可処分所得(税引きの手取り収入)をY(年間、円)として、これを一定と仮定する。例えば、「向こう5年働くと役職定年になり現在の1,000万円の年収が800万円になって10年続き、その後は600万円程度の収入の職を得ることができそうで5年間働いて65歳でリタイヤする」と想定する45歳の男性会社員がいるとすれば、この人は将来の平均年収である800万円をYだと考えて、将来を想定してみるといい。(経済学部出身者はミルトン・フリードマンの「恒常所得」をイメージされるといい)

次に、運用利回りとインフレ率を共に0と考える(この仮定は後で緩める)。これは、たまたま現在の経済環境に大変近いが、資産について「インフレ率並みの運用が出来た場合」を計算しているのだと理解すれば、金融・経済環境が変化した場合にも応用が利く。

分析対象者の人生の残り時間を、現役期間a年と老後期間b年に分割するとしよう。例えば、先の45歳の会社員であれば、65歳まで働くつもりなのでaが20年、老後は少し余裕を見て95歳まで生きるとしてbが30年といった具合に設定する。

そこで、Yに対してsの率(0<s<1)で貯蓄をし、老後は現役時代の生活のx倍の金額で生活すると考えるなら、現役時代の生活費はY(1-s)、老後の生活費はxY(1-s)と計算できる。

老後の問題を、貯蓄が全く無い新入社員のような人が真剣に考えることは稀だろう(考えてもいいのだが、稀だろう)。たいていの場合、資産を既に幾らか持っているだろうから、分析対象者がその時点で持っている資産をAとしよう。

また、老後には主に年金であろうが、定期的な収入がある場合が多いだろうから、これをP(年間、円)としよう。これに、資産の取り崩し額D(年間、円)を加えたものが、老後の生活費だ。

すると、現役時代の生活費のx倍で老後を暮らそうとする人の必要生活費は、以下の式1のように計算できる。

   (式1)

次に、取り崩し額Dは、利回りとインフレをゼロと考えているので、今後の貯蓄額に現在持っている資産額を合計した金額を老後期間b(年)で割り算したものだと考える事が出来る(式2)。

   (式2)

ここで、式2を式1に代入して、sについて解くと、分析対象者が、現役時代の生活費のx倍の老後を暮らそうとした場合に、現役時代に可処分所得のどれだけの比率で貯蓄しなければならないかという「必要貯蓄率」を求めることができる。計算の結果、以下の式3を得た。

必要貯蓄率sの計算式(運用利回り、インフレは相殺されてゼロ)

   (式3)

具体例を一つ考えてみよう。可処分所得が500万円の35歳の会社員がいるとしよう。この収入が65歳まで続くとして、彼(彼女)が95歳までの老後を現役世代時の生活費の60%で過ごしたいと考えているとする。年金額を150万円と想定し、現在600万円の資産を持っているとしよう。

式3に当てはめると、必要貯蓄率は約16.3%(s=16.25)と計算された。

数字がぴったり合うようにs=16.25で計算すると、年間の必要貯蓄額は81万2,500円になる。現役時代の生活費は500万円×(1-0.1625)=418万7,500円だ。老後は、この0.6倍だから、年間251万2,500円で暮らしたいという希望だ。年金額が150万円なので、年間101万2,500円を30年間取り崩すだけの資産を65歳時点で持ちたい。現在持っている資産600万円は年間20万円の取り崩し額に相当するので、65歳の30年間の間に101万2,500円から20万円差し引いた81万2,500円を30年間貯めなければならないという計算になり、辻褄が合っていることが確認できた。

仮にこの人が現役時の70%の老後生活費を望むなら、同様に計算して、約21.2%(s=0.02117…)が必要貯蓄率となる。