新連載:第一回のテーマは「インサイダー」
忍び寄る身近なマネーのトラブルについて、法のスペシャリストが過去の刑事事件、民事事件も交えながらわかりやすく解説する新連載がスタートしました。事前に家計の法律を知ることで、みなさまの大切な資産を守るヒントに役立てていただけると幸いです。
第一回テーマは「インサイダー」。さっそく、4人のケースをみながらインサイダー取引について学びましょう。
(ケース)A株式会社は業績好調のため前年度と比較して50%増の剰余金配当を実施することを役員会で決定した。
A社のX部長は社内の会議で上記報告を受けたことからA社の株が値上がりすると考え、上記事実が公表される前にネット証券を通じ自己名義でA社株を購入し、上記事実の公表後に高値で売り抜けた。
Y子はA社にパート事務員として雇われており上司の指示により会議用書類のコピー取り作業をしていたところ、たまたまその中に含まれていた剰余金配当に関する機密書類を見てしまい、同じくA社の株が値上がりすると考えネット証券を通じ自己名義でA社株を購入した。しかしながらY子はもしかしたらインサイダー取引になるのではないかと心配し、A社株を購入したものの高値で売り抜けることはせずそのまま保有した結果、A社株は下落し含み損を抱えてしまった。
Z男はA社とは何ら関係のない外部の人間であるがX部長の大学時代の友人であり、飲み会の席でX部長から剰余金配当の事実を知らされ、同じくA社の株が値上がりすると考えたが、自己資金のみではA社株を購入できない状態であった。
そのため、Z男は友人のV美にA社の剰余金配当の事実を打ち明けて相談し、Z男の資金とV美の資金を合わせてネット証券を通じてV美の名義でA社株を購入し、その後、高値で売り抜けることに成功し、利益を2人で分配した。
第1はじめに
「インサイダー取引」は誰でも聞いたことがある用語だと思います。大まかに言うと会社の内部情報を利用して株取引を行い、利益を得ることがインサイダー取引に該当し、これは違法だからいけないことなのだということは理解していると思います。
しかしながら具体的ケースにおいて誰のどういう行為がインサイダー取引にあたるのかということはなかなか判断が難しいのではないかと思います。例えば上のケースでいうとA社のX部長の行為がインサイダー取引にあたることは皆さんおわかりだと思います。でもA社のパート事務員にすぎないY子はどうなのか、しかもY子は結果的に利益を得ていないけど、これでもインサイダー取引にあたるのか。それからZ男はX部長から情報を聞いた外部の人間に過ぎず、V美に至ってはX部長から話を聞いたZ男からの又聞きという関係にあります。こういう場合に果たして一体どこまでがインサイダー取引になるのか、よくわからないと思います。
そこで今回は上に設定したケースを題材として誰のどういう行為がインサイダー取引になるのかということについてわかりやすく解説していこうと思います。
第2インサイダー取引の要件とは
一般にインサイダー取引とは、上場会社等の会社関係者(会社関係者等)あるいは当該会社関係者から情報を得た者(情報受領者)が、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす重要事実を知って、その事実の公表前に当該会社の株式等の有価証券の売買等の取引をすることをいいます。
インサイダー取引が禁止されている制度趣旨は、このようなインサイダー取引が行われると一部の者がインサイダー情報を利用して一般投資家に比べて有利な取引をすることができてしまい極めて不公平であり、結果として 証券市場の公正性や健全性が損なわれてしまうからです。
したがって、インサイダー取引の要件をおおまかに列挙すると
1.会社関係者が
2.上場会社等の業務に関する重要事実を
3.その者の職務等に関し知りながら
4.当該事実の公表前に
5.当該上場会社等の株券の売買等を行うこと
になります。
以下では設問のケースに即して各登場人物の行為がインサイダー取引にあたるのか検証していきます。