ただ今回のトランプ大統領の「一線越え」は、そもそも大統領の権限は限られているから、と安心して見ていられる範囲のものではありません。というのはこれから年末にかけて、ワシントンでは重要なスケジュールが控えているからです。まず、おそらく9月末前後のタイミングで、議会は連邦政府の債務上限を引き上げる必要があります。また9月末は連邦会計年度末でもあるため、少なくとも部分的にでも予算案を通過させなければなりません。夏休み前に成立させられなかったオバマケア代替法案も手付かずのままです。トランプ大統領の公約である税制改革やインフラ投資となると、さらにハードルが上がっていきます。

 オバマケア代替法案は、上院で過半数である50票に届かなかったことによって成立させられませんでした。しかし、債務上限引き上げや予算案を成立させるには上院でさらに10票多い60票が必要です。60票必要ということは少なくとも民主党から8票が必要となるため、自ずからある程度民主党の意向を反映した予算案を提示しなければならないということになります。しかし、民主党寄りの予算となると、オバマケア代替法案でも見られたように、今度は共和党の保守派がこれに反対して票が減ってしまうということになります。過半数のオバマケア代替法案も通せなかった議会が、このようなさらに高いハードルをクリアするのはかなり困難と考えなければなりません。

 このような政治的に重要なスケジュールが控えていたからこそ、大統領の求心力が必要なタイミングだったのです。これらハードルが高いと見られる法案を成立させられるとすれば、大統領が共和党だけでなく、民主党の一部議員もまとめ上げる以外にチャンスはなかったように思います。そしてそのためには、今回製造業評議会を去った大企業トップ達のサポートも必要だったはずです。現時点では、短期的な措置でいったんこの難局を乗り越えるという可能性が最も高いと考えられますが、トランプ大統領就任とともに市場や産業界が期待していたような一連の経済改革は、今週のトランプ大統領の「一線越え」で、可能性が大きく後退してしまったと考えざるを得ません。

 税制改革については、多くの個人や企業が今年中の成立を期待して、または見込んで経済活動を行っていたでしょうから、これが先送りになると見れば年末に向けては経済活動を控える動きに出るでしょう。債務上限問題については、毎度のことながら期限を前後してV字回復になるとわかりながらも、一時的な投資家心理の悪化は避けられないでしょう。そして何よりも、8-9月は多くの投資家が夏休み中で、悪材料が出たときにそれに立ち向かう買いが出にくい時期です。焦って売る人は沢山いる一方で、買う人は焦る必要はないという状況です。

 企業の業績は好調ですし、恐らく一連の経済改革は来年の中間選挙前には成立するでしょう。なので調整があるとすればそれは一時的な投資家心理の変化が主因だと思います。しかし今回のトランプ大統領の「一線越え」はその投資家心理を変化させるのに十分なものだったと思います。