2月10日の日米首脳会談は、日米は強固な同盟関係であることを世界に示し、ゴルフ外交や別荘の招待によって日米蜜月の時代を演出し、世界中にアピールすることに成功しました。あまりの蜜月ぶりに、近々トランプ大統領と面談予定があるカナダの首相は、安倍首相に対して米国からの帰り道にカナダに立ち寄らないかとお誘いがあったほどです。トランプ氏とどのように接すればよいのか聞きたかったのだろうと推測されます。主要国の首脳でトランプ大統領と直接会った首脳はまだいないことから、これだけ親密な時間を共有した安倍首相の話を聞きたがる首脳はこれからも増えそうです。
懸案の安全保障面では、トランプ大統領は「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条(米国の対日防衛義務を定めた条項)の適用対象」と確認し、在日米軍の重要性を確認するとともに在日米軍の駐留費の増額要請もなく、トランプ大統領から満額回答を得る結果となりました。
もうひとつの懸案事項である通商問題や為替問題については、先送り事項となりました。日米で対話の枠組みを作り、そこで話し合おうと日本から踏み込んで提案したことをトランプ大統領が受け入れました。マーケットは、首脳会談で批判が出なかったことから安堵感が広がり、ドル円も株も上昇しました。
しかし、忘れていけないのは懸案事項を麻生大臣とペンス米副大統領に丸投げしただけであり、その場で名指しの批判がなかったからといって、米国が、特にトランプ大統領が納得した可能性は低いとみておく必要があります。事実、記者会見で安倍首相が「為替問題は専門家である財務相同士で議論する」と発言した直後に、トランプ大統領はすかさず「通貨切り下げに関しては、ずっと不満を言ってきた。極めて短期間で公平な条件を取り戻す。」と切り返しました。貿易赤字削減のためには通貨安誘導の是正が公平を取り戻す「唯一の道」だと発言しています。貿易赤字削減のためには為替問題が重要との意識の強さが改めて確認された発言でした。日本政府内では、このような発言は中国を前提とした発言との見方のようですが、楽観的な見方のような気がします。
もう一度これまでのトランプ大統領の貿易と通貨の発言をみてみますと、日米首脳会談後の記者会見での発言は、日本を名指しで批判していないだけで根底に不満を持っている状況は変わっていないことがわかります。
トランプ大統領の貿易と為替を巡る発言
米国の「強いドル」政策は伝統?
米国は伝統的に「強いドルは米国の国益」という通貨政策を掲げてきました。強いドルは米国の健全な成長を反映しており、米国の財政政策の生命線です。健全な成長と強いドルによって海外の巨額の資金が米国債券に流れ、米国財政と経済を支えています。また、ドル高によって海外からの輸入物価が下がり、米国内の消費を刺激する効果もあります。この強いドル政策は1995年にクリントン政権でのルービン財務長官が提唱し始めたとされ、その後歴代の財務長官はこの伝統を引き継いでいます。
歴代大統領や財務長官のドルについての発言
先日、ようやく議会に承認されたムニューチン新財務長官は、強いドル政策を認めながらも「短期的には過度のドル高は米経済に悪影響」と就任前にはトランプ大統領寄りに修正しています。また、新しい経済対話の枠組みが作られたことによって、ペンス副大統領の発言にも注目しておく必要があります。日本政府内では知日派ということで安心感が漂っていますが、「円安批判」は日本との交渉カードとして有効ということも熟知しているはずです。
最近のドル高によって米製造業の輸出競争力がそがれており、貿易取引は不公平だとの不満はトランプ大統領だけでなく、米議会でも燻っている状況は、ルービン財務長官以前の状況と似通ってきているかもしれません。過去、ベーカー財務長官やベンツェン財務長官、クリントン大統領の発言によって急激な円高に動いた経験は忘れられません。しかし、もし、米国がドル高是正、ドル安誘導に動けば、海外投資家からの資金流入が鈍り、金利が上昇し米経済に悪影響を与えかねません。ドル高是正は両刃の剣だということを、トランプ大統領はどのあたりの水準で折り合いを見つけるのか注目ですが、少なくとも現時点では不満に思っていることは間違いないようです。日米首脳会談が円満に終わったようにも見えても状況は何も変わっていないというシナリオも考えておいた方がよさそうです。