112円近辺で始まった7月のドル円は、イエレンFRB(連邦準備制度理事会)議長の議会証言の直前には114円台半ばまで上昇しましたが、その後、物価見通しに慎重姿勢を示したイエレン魏著の議会証言や、弱い米国CPIと小売売上高、ロシアゲートや報道官の辞任などトランプ政権の不透明感からドル円は110円台に下落しました。一方でFRBの利上げや資産縮小開始などへの期待も継続しており、一気に円高が進むという地合いでもないようです。8月に入ると米国議会も休会となり、欧米の投資家やディーラーなども夏休みに入ることからこのまま夏枯れ相場となってくるのでしょうか。

 

8月は夏枯れ相場と同時に、「夏枯れ円高相場」が起こりやすいという見方があります。よく言われるのは、夏休みでマ-ケット参加者が少ないことから、需給の偏りで動きやすいという見方です。米国債の利払いが8月15日にあるため、受け取ったドルを円に換えるため円高に働きやすいという見方や、日本の輸出企業が、7-9月期決算に向けて、お盆休みの前から月末に向けてドル売り予約を増やすという見方です(8月はお盆休みの時に円高に動きやすいという印象から通常よりも予約を増やすという見方もあります)。

 

円高に動きやすいという見方は実際にはどうなのでしょうか。下表は、ハッサクの手元資料から作成したこの10年間の8月の値動きです。ドル円のレートは参考値となりますが、8月末の終値から8月初めの始値を差し引いた数字がプラスの場合は、月間で「円安」に動いたことを表し、マイナスの場合は月間で「円高」に動いたことを表しています。

 

10年間の8月のドル円の値動き

 

始値

終値

終値

-始値

円高

円安

円高・円安の背景

2007年8月

118.53

115.78

▲2.75

円高

米サブプライムローン問題によって月間で8円24銭も動く荒れ相場

2008年8月

107.75

108.78

+1.03

円安

欧州経済の悪化、原油の下落から欧州通貨が売られドル高地合い

2009年8月

94.64

93.12

▲1.52

円高

上海株下落による世界景気後退

懸念(月間値幅5.25円)

2010年8月

86.52

84.18

▲2.34

円高

米経済指標の悪化と米長期金利の低下により円高が進行

2011年8月

77.34

76.66

▲0.68

円高

米景況感悪化と追加緩和期待から円高。史上最安値更新(75.95円)

2012年8月

78.12

78.40

+0.28

円安

米金融緩和期待 

2013年8月

97.85

98.10

+0.25

円安

100円手前に上昇後、米雇用統計悪化で95円台(月間値幅4.05円)

2014年8月

102.78

104.11

+1.33

円安

米早期利上げ期待からドル高

2015年8月

124.05

121.22

▲2.83

円高

中国経済悪化、米株急落から一時116円台に(月間値幅9.13円)  

2016年8月

102.34

103.42

+1.08

円安

米利上げ期待でドル高

(月間値幅3.95円)

 

この10年間では円高は5回、円安は5回と半々の結果でした。しかし、円高に動いたときの値幅が円安よりも大きい値動きだったことがわかります。月間の値動きでみると(ドルの高値―ドルの安値)、円高に動いたときのほうが月間の値幅が大きいようです。

2007年は8円24銭の値幅、2009年は5円25銭の値幅、2011年は4円30銭の値幅、2015年はなんと9円13銭の値幅です。こうなると夏枯れ相場ではありません。円安のときと比べて円高に動いたときのほうが、終値ベースでも月間値幅でも振れ幅が大きいことから、「8月は円高」の印象が強くなっているのではないかと推測されます。

 

また、8月には大事件が起こるという印象も強く残っているようです。

2007年8月にはパリバショックが起こりました。2007年8月9日に、サブプライムローン証券化商品の暴落をきっかけに、BNPパリバ傘下のファンドが投資家からの解約を凍結すると発表しました。米国で起こったサブプライムローンが欧州に波及していたという驚きも加わり、世界のマーケットは一時的にパニックに陥りました。

ハッサクも当時、夏休みでニューヨークに旅行で行っていたのですが、ウオールストリートを歩いているときに、ふと気になり銀行に立ち寄ってみると、展示ボードのドル円レートが急激な円高に動いていたのでびっくりした記憶が鮮明に残っています。サブプライム問題でドル安(円高)になるとは予想していましたが、欧州で突然起こるとは予想外でした。その結果、ドル円だけでなく、ユーロ円やポンド円もかなり急落しました。

 

 2008年には、北京オリンピック開催中の2008年8月7日、南オセチアにおいて、グルジア軍と南オセチア軍が軍事衝突。翌8日にロシアが軍事介入しました。ロシアのグルジア侵攻の報でユーロが急落しましたが(一日で316pt下落)、ユーロ安・ドル高の影響からドル円もドル高・円安となりました。ところがロシアの軍事行動中止の情報でユーロが戻り、110円台だったドル円も108円前半まで下落しました。

 軍事的な動きでは、1990年8月のイラクのクウェート侵攻があります。1990年8月2日未明、突如イラク軍がクウェートに侵攻、わずか8時間でその全土を制圧した事件です。このクウェート侵攻が湾岸戦争に発展し、1991年1月、アメリカを主力とする多国籍軍がイラクに空爆を開始しました。

2015年8月には、中国景況感の悪化から上海株が急落し、米株も急落し世界同時株安になりました。ドル円は、月間値幅は9円13銭でしたが、上海株が一時8%近く急落した日は、ドル円も1日の値幅が6円近くの荒れ相場になりました。

 

このように過去の大事件の印象とその時の円高の動き、そして円高に動いた場合は荒れ相場になるとの印象が強く残っていることから「8月円高説」が根強いのかもしれません。それでは実際に「円高・円安の背景」を上の表でみてみると、サブプライムローンなどの突発的事件、中国や欧州の景況感悪化に伴う株安などがありますが、相場を動かす材料として半分以上を占めているのは、やはり、米国の金融政策への期待と思惑です。現在も、突発的な事件が発生しない限り、ドル円相場の変動要因の主因は米国金融政策に変わりはないと思われます。

7月の議会証言で少しトーンを変えたイエレン議長の姿勢が、再び確認できるのは、8月24-26日開催のジャクソンホールでの講演です。毎年、この講演はマーケットで注目されています。秋から年末にかけてのFRBの金融政策の方向を明確に示すことが多いからです。9月19-20日のFOMC(連邦公開市場委員会)を前にして、マーケットが期待する資産縮小開始を示唆するのか、あるいは物価に対して引き続き慎重姿勢を維持するのかどうか注目する必要があります。8月が円高に動くとすれば、このジャクソンホールでの講演がきっかけになるかもしれません。もし、円高に動いた場合、荒れ相場になる可能性にも留意しておいたほうがよいかもしれません。