FRBのイエレン議長は7月12日の議会証言で、「経済が想定通りなら、比較的早く保有資産の縮小を開始する」と表明しました。マーケットの期待通り9月のFOMCで資産縮小を決定し、10月には開始するとの見方を後押しする内容でした。ところが一方で、追加利上げについては足元の物価が弱含んでいることを受けて、「今後数か月の物価動向を注視する」と指摘し、利上げについて慎重に判断することをにじませました。つまり、今後、米国の物価が伸び悩むのであれば利上げは遅れるということになります。これまでは、「物価の鈍化は一時的要因によるもの」と強気の姿勢でしたが、ここへきてトーンがぐっと弱まりました。明らかな変化です。

この議会証言の後、米国の6月の消費者物価指数(CPI)が発表されましたが、前月比では横ばいでした。この4カ月で見ると非常に弱い物価が続いています。本当に一時的な現象でしょうか。まずは日米欧のこの1年の消費者物価指数(CPI)の動向をみてみます。前年比の数字ですが、米国は前月比の数字も注目されているため記載しています。

日米欧CPI動向(%、日本のCPIは〈除生鮮〉)

CPI 2016年 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5月 6月
日本 前年比 ▲0.5 ▲0.5 ▲0.5 ▲0.4 ▲0.4 ▲0.2 0.1 0.2 0.2 0.3 0.4
米国 前月比 0.0 0.2 0.3 0.4 0.2 0.3 0.6 0.1 ▲0.3 0.2 ▲0.1 0.0
前年比 0.8 1.1 1.5 1.6 1.7 2.1 2.5 2.7 2.4 2.2 1.9 1.6
欧州 前年比 0.2 0.2 0.4 0.5 0.6 1.1 1.8 2.0 1.5 1.9 1.4 1.3

一覧表で見ると日米欧の物価の傾向がよくわかります。

  • 日本は、マイナス物価が続いていたが今年の1月からプラスに転じ、プラス幅が微増だが伸びている。但し、この表には記載されていないが、全国の先行指標となる東京都区部6月のCPI(除く生鮮食品)は前年比+0.0と5月の+0.1%より鈍化。また、東京都区部6月の生鮮・エネルギーを除くCPIは前年比0.2%下落し、横ばいだった5月からマイナスに転じた。
  • 米国の物価は、前月比では今年の1月辺りがピークで、その後は鈍化し、この4カ月のうち2カ月はマイナス。また、前年比では2月がピークであり、その後鈍化傾向。
  • 欧州では、今年の2月にECBの物価目標2%近辺に達したが、ここがピークであり、その後は鈍化傾向。

欧米の中央銀行は、今年の1月から2月の物価ピーク時辺りから利上げや資産縮小に強気になり始め、その後物価の伸びが鈍化しても「一時的」との見方を取り、強気姿勢を変えませんでした。ところが、ここへ来て米国FRBがその姿勢を変え始めたのです。そうなるとECBにも変化が出て来るかもしれません。日本に至っては、再び物価は下落し、横ばい、あるいはマイナスになる可能性も想定されてきます。

簡単な物価の見通し

今後の相場シナリオを考えていく上で、物価動向が非常に重要になってきていることがわかります。物価の伸びの鈍化が一時的ではなく、傾向として続くのであれば、中央銀行も金融政策のスタンスを変更せざるを得なくなってきます。このことは為替動向に影響を与えることになります。

エコノミストではないので、細かいデータを分析して将来の物価を予測することは出来ませんが、簡単にその傾向を推測することは出来ないのでしょうか。黒田総裁は、日本の物価が上昇しないのは原油安と円高が背景という説明をよくします。物価の変動要因にはいろいろあると思いますが、単純にこの2つの要因に絞り、かつ前年比の比較基準値を知っておけば、この先の物価の傾向の目安になるのではないかと考えて作成したのが以下の表です。

ドル円、WTI(NY原油先物価格)、ドルインデックスの月末のNY(ニューヨーク)終値を前年比で比較した表です(7月は7月14日のNY終値との比較)。

ドル円で前年比がプラスの場合、1年前と比べると円安に動いたことを意味します。マイナスの場合は円高に動いたことを意味します。1月の場合、1年前と比べて-8.33となっています。8円33銭の円高になったことを意味します。2月は+0.08となっており、8銭の円安となりました。

同様にWTIが1年前と比べてプラスの場合は、原油が高くなったことを意味し、マイナスになったことは原油が安くなったことを意味します。ドルインデックスは、ドルの総合的な指数ですが、1年前と比べてプラスの場合はドル高を意味し、マイナスの場合はドル安を意味します。

ドル円 2016 2017 前年比 WTI 2016 2017 前年比 ドル
インデックス
2016 2017 前年比
1月 121.12 112.79 -8.33 1月 33.62 52.81 +19.19 1月 99.61 99.51 -0.10
2月 112.70 112.78 +0.08 2月 33.75 54.01 +20.26 2月 98.21 101.12 +2.91
3月 112.57 111.40 -1.17 3月 38.34 50.60 +12.26 3月 94.64 100.35 +5.71
4月 106.45 111.55 +5.10 4月 45.92 49.33 +3.41 4月 93.08 99.05 +5.97
5月 110.72 110.78 +0.06 5月 49.10 48.32 -0.78 5月 95.85 96.92 +1.07
6月 103.19 112.35 +9.16 6月 48.33 46.04 -2.29 6月 96.14 95.63 -0.51
7月 102.04 112.55 +10.51 7月 41.60 46.54 +4.94 7月 95.53 95.15 -0.38
8月 103.42 112.55 +9.13 8月 44.70 46.54 +1.84 8月 96.00 95.15 -0.85
9月 101.42 112.55 +11.13 9月 48.24 46.54 -1.70 9月 95.46 95.15 -0.31
10月 104.81 112.55 +7.74 10月 46.86 46.54 -0.32 10月 98.34 95.15 -3.19
11月 114.45 112.55 -1.90 11月 49.44 46.54 -2.90 11月 101.51 95.15 -9.55
12月 117.07 112.55 -4.52 12月 53.72 46.54 -7.18 12月 102.21 95.15 -7.06

米国の物価が上がりやすくなるのは、原油高とドル安の組み合わせとなります。物価が下がりやすくなるのは原油安とドル高の組み合わせとなります。

今年の2月から米国CPIが下がり始めたのは、この表によるとドル高と原油安が影響しているのではないかと推測されます。あくまで要因のひとつですが、傾向を探ることには役立ちそうです。

7月は7月14日の終値で前年比を計算しています。そしてこの先8月以降もこの水準が続くと仮定して前年比を計算しています。もし、WTIが7月の水準46.54ドルでこのまま推移すれば、12月に向けてマイナス幅が大きくなることから米国の物価下落要因となります。一方、ドルインデックスは12月に向けてドル安傾向となるため米国の物価上昇要因となりますが、原油安と相殺される可能性があるため、なかなか物価が上がる環境にはならないかもしれません。そして、もし、原油が現在の水準よりも下がれば、物価下落の影響が強くなる可能性が出てきます。WTIベースで原油価格が46.54ドルよりも高いか低いかを注目することによって、漠然としていた物価の傾向がより探りやすくなります。

日本の場合はどうでしょうか。米国よりわかりやすい動きをしそうです。現在の水準112.55円とWTI46.54ドルがこのまま続けば、ドル円は8月、9月と円安傾向ですが、年末に向けて円高となります。また、WTIは9月からマイナス傾向となるため、日本の物価は円高と原油安によって下落傾向の可能性が高まってきます。ドル円が更に円高となり、原油が更に下がれば、物価下落傾向はより鮮明になりそうです。

このように基準値を設けて、今後の物価傾向を探る手立てにするという方法は、あくまでひとつの方法であり、絶対的な方法ではありません。しかし、何らかの手立てを持っていることは、今後の相場シナリオを考える上で選択肢が広がることに繋がります。112.55円とWTI46.54ドルに注目です。