トランプ外交の変化は世界株式にプラスか

 新興国株式の軟調が一巡するか否かが、日本を含む先進国株が反転回復に向かうカタリスト(契機)となりそうです。

 図表1は、新興国株指数と先進国株指数(米国を除く)の推移を示したものです。新興国株指数は24カ国で構成されており、時価総額ウエイトのうち約3割を中国が占め、中国、韓国、台湾の3市場で約6割を占めています。

 米中貿易紛争を巡る不安を受けた中国株の軟調が、サプライチェーン(電子部材などの供給網)の棄損(きそん)懸念を介して、韓国や台湾など他アジア市場の軟調につながりました。

 8月初旬の「トルコショック」の波及懸念も加わり、新興国株指数は1月26日の高値からの下落率が20%を超えました。

 一方、今月下旬に米国との貿易協議を控える日本に対し、トランプ米大統領は「日米で合意できなければ大変な問題になることを日本は知っている」とけん制(9月7日)。トランプリスクと新興国市場の軟調が日本株の上値を抑えてきました。

 ただ、米中貿易紛争を巡っては「米国が提案した中国との新たな協議が始まる」とも報道されています(9月12日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。クドロー米国家経済会議委員長も12日、「米中貿易摩擦の一段の激化を避けるため、中国に新たな通商交渉を提案した」と発言。トランプ大統領は、2,000億ドル相当の中国からの輸入品に対する関税引き上げ決定を保留しています(9月12日時点)。トランプ外交の変化期待を受け、中国市場など新興国株が底入れするか否かに注目したいと思います。

図表1:新興国株と先進国株(米国を除く)の推移

出所:Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2018年9月12日)

 

トランプ大統領の支持率急落が示唆すること

 トランプ外交が変化の兆しを見せる背景として、ワシントンの政治情勢に注目したいと思います。

 図表2が示すとおり、中間選挙(上院・下院議会選挙)を11月6日に控え、トランプ大統領の支持率(Job Approval Rateの全米世論調査平均)が急落しています(9月12日)。ニューヨーク・タイムズ紙が9月5日に掲載したホワイトハウス高官(匿名)による政権運営の内部告発と、11日に発刊された「暴露本」が影響しているとされます。

 本のタイトルは『恐怖-ホワイトハウスのトランプ大統領(Fear-Trump in the White House)』で、ウォータゲート事件に関わる調査報道でニクソン大統領(当時)を辞任に追い込み有名となったジャーナリスト(ボブ・ウッドワード氏・75歳)の著作です。マティス国防長官が「大統領は理解力がまるで小学5~6年生だ」と側近に漏らしたことや、ケリー主席補佐官が「(大統領は)さく乱して常軌を逸している」「人生最悪の仕事だ」と述べたといった記述が出版前から話題となり、ホワイトハウスが「神経衰弱」に陥っている実態が明らかにされました。

 トランプ大統領は不満を強めており、政権内の犯人捜しを命じた一方、取り巻きの高官が相次ぎ関与を否定する異常事態となりました。有権者には「(大統領府は)それほどひどいのか」との印象を与えています。

図表2:トランプ大統領の支持率が急落している

出所:全米世論調査平均(Real Clear Politics)より楽天証券経済研究所作成

 トランプ大統領やその政権運営に対する批判本はこれまでも出版されましたが、政権内の高官の発言が多く引用されたことで、トランプ政権の機能麻痺(まひ)が改めて露呈。「大統領の資質」を巡る疑義が広まったようです。

 なお、こうした内部告発や情報漏洩(ろうえい)を「ホワイトハウス内でクーデター」と称する報道もあり、トランプ政治の先行き不透明を広めています。

 

ワシントン政治を巡るシナリオ別相場見通し

 トランプ大統領にはスキャンダルや疑惑が多く、中間選挙で民主党が下院議会(全435議席改選)で過半数を上回れば、大統領に対する弾劾訴追の発議(審議開始)が視野に入ってきます。

 図表3が示すように、直近の世論調査(平均)では下院選挙での「優勢議席数」で民主党(202議席)が共和党(191議席)を上回っています。

 民主党は、選挙中こそ有権者に刺激的な「弾劾」に直接言及しませんが、民主党支持者に人気が高いオバマ元大統領は「トランプ共和党では民主主義が機能しない」と訴え、民主党候補者の応援に乗り出しました。

 民主党のシューマー上院院内総務は9月3日、大統領弾劾の時期を問われ、「早ければ早いほどいい」との本音をポロリと語り、注目されました。

図表3:下院議会選挙では民主党がやや優勢か

出所:全米世論調査平均(Real Clear Politics)より楽天証券経済研究所作成

 

 とは言っても、既存のワシントン政治に対する不満を代弁するトランプ大統領を強く支持する白人労働者層やキリスト教福音派を中心とする支持層は「岩盤」「鉄板」と称され、都市部を中心とする民主党の勢いが全米規模で広がるか否かは予断を許しません。

 また、トランプ大統領の貢献度は別にして、足元で続く米景気堅調(失業率は約18年ぶり低水準)は与党共和党に「追い風」とされます。「トランプチルドレン」と呼ばれる共和党候補者の優勢も伝えられています。

 いずれにせよ、「トランプリスク」は昨年から世界市場を揺り動かす不確実性と見なされています。そこで、中間選挙に向けたトランプ政治の行方と中間選挙のシナリオ別に株価シナリオ(A~E)を下記に示しました。

(A)支持率低下に直面した大統領は、中間選挙を前に「対外強硬策で得られた成果」を有権者に誇示したい。対中通商交渉で落としどころを探り、9月から10月にかけて対中貿易赤字削減策を発表。合意内容次第では内外株式が安堵する可能性がある。

(B)大統領は支持基盤を固めるため、貿易交渉で強硬姿勢を一段と強める。この場合、貿易戦争がもたらす貿易量減少やサプライチェーンの棄損を不安視した投資家が慎重姿勢を強め、内外株価は暫く上値の重い展開を続ける可能性がある。

(C)トランプ共和党は支持率向上を目的に中道層(無党派層)取り込みを意識した景気対策を訴求。インフラ投資拡大、個人所得減税(現在は時限付き)恒久化、金融取引税(キャピタルゲイン)減税などを主張。これらは株式市場の強気材料となりやすい。

(D)中間選挙の結果、民主党が下院の多数党(218議席以上獲得)となれば、大統領罷免を発議することが可能。上院で決議(3分の2議席による承認要)に至らずとも、審査、公聴会が続いていく状況でトランプ再選(2020年)は困難。ホワイトハウスはレームダック(機能不全)に陥り、大統領の強硬発言は神通力を失って行くと見込まれる。

(E)ウォーターゲート事件(1972年)を機に、ニクソン大統領は自ら辞任した(1974年)。(D)の結果、政治的・道徳的な倫理を問われ続けるトランプ大統領も「辟易した」と自ら辞任する。この場合、共和党議会から信頼が厚いペンス副大統領が大統領に昇格。株式市場は一時的には混乱するが、徐々に落ち着きを取り戻していくと考えられる。

 なお、トランプ大統領の行く末は、モラー特別検査官が主導している司法捜査(ロシア疑惑や女性スキャンダルもみ消しのための政治資金流用疑惑)の進展次第とも言われています。

 いずれにせよ、前例が無いほど独断的で強硬な外交姿勢から影響を受けてきた世界市場は、ワシントンの動向に関心を寄せています。トランプ政治の行方や中間選挙の結果次第では、一時的にせよ不透明感が強まる可能性はあります。

 トランプ大統領は8月23日のインタビューで「自分を弾劾すれば、株価は暴落する」と警告しました。一方、メディアの中には「ペンス副大統領が大統領に昇格した方が市場は安定するとの見方が強い(There’s a very strong argument that the markets would be more stable under Pence than they would be under Trump,” said one analyst.)」( 8月24日にNBCがアナリストの見方を引用して報道)との反論も見られました。

 当面の注目点として、(1)中間選挙を控えた支持率低下に直面するトランプ共和党が貿易交渉を含む外交姿勢を変化させるか、(2)中間選挙の結果を受けて上院と下院の議会勢力がどう変化するのか、(3)議会勢力の変化を受けて、トランプ大統領とその統治能力がどう変化するのかについて、見極めていきたいと思います。

 

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