5月26-27日に開催されたサミットは治安上無事に閉会しましたが、内容はぎくしゃくした内容でした。安倍首相は世界経済の状態を「リーマンショック前の状況に似ている」と図表を示しながら、各国の賛同を得ようとしましたが、財政黒字の国(ドイツ)、財政赤字で身動きを取れないが利上げをしようとしている国(米国)が参加している中では無理がありました。「クライシス(危機)とまで言うのはいかがなものか」と言う国もあり、今回サミットの目玉である財政出動の協調行動については、結局、首脳宣言では「機動的に財政戦略を実施するための努力の強化を協調して行う」と、協調行動は「努力の強化(みんなでより努力をしよう!)」という形で落ち着いたようです。サミットの成果はあまりなかったようです。むしろ、安倍政権の世界経済の認識が乖離していることを世界に知らしめたのではないでしょうか。その後のオバマ大統領の広島訪問のインパクトが強かったため、各国の新聞やメディアの報道も広島訪問が強調されていたことは幸いしたかもしれません。

翌週の為替市場は、財政の協調出動が合意されなかったからといって失望感から相場が動くということもなく、サミットは全く変動要因とはなりませんでした。ドル円相場を動かしたのは、イエレン議長が先週金曜日に講演した内容、「今後数か月以内に利上げを行うのは適切である」という発言でした。ドル円は111円台に上昇しましたが、市場が期待している6月に利上げがなければ、失望感からドル円は急落する可能性もあります。6月の利上げの前には、イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票(6月23日)があるため、このイベントを見極めてから決定する可能性もあります。従って、市場は6月利上げで、やや前のめりになっているため反対の動きには注意が必要です。

現在の為替相場の主役はドルであり、ポンドであり、円はその間で翻弄されている準主役のような動きとなっています。もし、円高に行った場合、円高を止める実需も減少している環境では為替介入が再び話題になってきます。106円を割れてくると再び、介入への警戒感が強まってくることが予想されます。前回に続き、今回も為替介入のことに触れたいと思います。Q&A方式で為替介入への心構えをお話します。

Q:
「為替介入は事前にわかりますか」
A:
「わかりません。為替介入の決定権者は財務省であり、執行者は日銀であるため、事前に知っているのは政府高官、財務省、日銀となるため、もし、事前にマーケットに漏れたらインサイダー取引となります。また、過去、事前に漏れたという話は聞いたことはありません。」
Q:
「それでは事前に何か察知する方法はあるのですか」
A:
「まず、急激な変動によって財務省高官から牽制発言が出てきます。この発言がより強い内容になってくれば要注意です。その後、日銀によるレートチェックが行われ、これは実際の介入ではないため、市場に漏れてくることがあります。ニュース配信では「日銀レートチェックの噂」などの表現で出てきます。市場の雰囲気は為替介入への警戒感が充満してきます。ニュース解説や新聞の見出しなどに頻繁に介入の話が出て来ることになります。このような状況になってくると、いつ介入が出てきてもおかしくないと判断した方がリスクを避ける意味で賢明だと思われます。リスクを避けるとは、反対方向のポジション(ドル円の買い玉、売り玉のこと)を持っていれば、ポジションを減らすとかポジションを解消して様子見するとかいうことになります。投資家の中には、介入方向にポジションを持つ人も出てきますが、ポジションが偏る傾向が強いため、介入がない場合はその反対方向に急変動する場合もあるので注意が必要です。」
Q:
「それでは事後に為替介入はわかるのですか」
A:
「直後にはわかりません。ディーラーなどは値動きによって判断します。急激な反対方向の値動きが見られた場合に介入ではないかと判断します。しかし、日銀のレートチェックだけでも急激に動くことがあるため区別するのが難しいのが現状のようです。アナウンスメント効果を狙い、直後もしくは翌日に財務省から介入を行ったと発表することがありますが、頻度は多くありません。協調介入の時は発表することが多いです。アナウンスメント効果を最大限に活かし、協調介入効果を増幅させる狙いがあるようです。

財務省が介入を発表した時も金額は公表しません。公表しないことによってマーケット参加者は介入金額は大きいのか、少ないのかと疑心暗鬼になるため、介入効果が持続されることになります。介入金額は毎月月末に財務省から発表されますので、介入が実施されたと思える月は財務省のホームページをチェックするとわかります。時々、介入のような動きがあったのに介入金額はゼロだったということもあるので、相場の動きを復習する意味でも役に立ちます。

それから『覆面介入』という介入方法があります。この介入は全く介入したかどうかもわかりません。急激な動きをすれば、介入ではないかと推測されるのですが、例えば円高を止める目的で、市場にはわからないように需給を引き締めるために小刻みに介入をされれば全く分からない状況となります。噂にはなるが実態はわからないという状況が続きます。例えば、溝口元財務官が実施した介入金額は、2003年1月から2004年7月までの在任期間に35兆2,564億円と史上最大の介入金額となっていますが、この介入はかなりの期間、覆面介入で行っていたと思われます。介入金額は月末に発表される財務省の公表によってわかるのですが、今月も介入したのかと思わせる程、介入時点では介入したのかどうかわからず、しかも長期間に亘って実施されました。一回の介入金額は巨額ではなかったのですが、総額では大きかったためドル円の需給を引き締める効果があったと思われます。現在の情勢ではこれほどの巨額介入を米国は許さないと思われます。」
Q:
「為替介入で何か興味深い話はありますか」
A:
「日銀やドル円の話をしましたので海外の中央銀行について経験した興味深い話をします。

20年程前にニューヨークで為替のチーフディーラーをしていた時にニューヨーク連銀を訪問しました。NY連銀の為替のチーフディーラーに挨拶に行ったのですが、その時、ディーリングルームに入れてくれました。ディーリングデスクは、小規模な銀行のディーリングルームと同じでしたが、そのチーフディーラーが、席の横に備え付けてある電話ボードを見せてくれました。なんとその電話ボードには各国中央銀行のボタンが並んでいました。「この電話ボードで協調介入する時は一斉に介入できるんだ」と自慢げに話していたのが印象的でした。協調介入は一瞬で出来るんだぞと民間金融機関に見せつけ、「中央銀行をなめたらいかんぜよ」といっているような気がしました。

もうひとつの話は介入のすごさを最初に感じた話です。それはドル円ではなくドイツマルクの介入の話です。ドイツマルクは、ユーロという通貨が誕生する前は欧州の主要通貨でした。そして中央銀行は名だたるBundesbankです。当時、ドイツマルクディーラーをしていたのですが、目の前でドイツマルクが一瞬にして500ポイント下落したことを経験しています。たまたま、ポジションはなかったのでケガはしませんでしたが、Bundesbankは凄い中央銀行だなと強く印象付けられました。今のECB(欧州中央銀行)はそのBundesbankの流れを継いでいると言われていますので、ECBの介入に対しては絶対逆らわないと肝に銘じています。他にも興味深い話はたくさんありますが、またの機会にお話します。」
Q:
「為替介入に対する心構えをまとめるとどうなりますか」
A:
「為替介入については、その方向が合えば利益を上げることが出来ますが、方向があっていても利食いのタイミングを逃すこともあります。また、逆に介入に立ち向かう方向でポジションを積み上げていっても、介入の金額や期間がわからない状況では勝ち目があるかどうかはわかりません。従って、市場への介入警戒感が高まってくれば、リスクを回避する方向で取引を行い、介入の実態がわかってから相場に戻ることが賢明だと思われます。一時避難しても相場は明日もあるのですから。」