中国経済とユーロ圏経済

ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は、10月22日の理事会後の記者会見で、「12月の理事会で緩和度合いを精査する」と発言し、次の12月3日の理事会で追加金融緩和の可能性を強く示唆しました。その背景は、消費者物価が再びマイナスとなり、欧州景気の下振れリスクが高まったことにあると説明しています。ECBは「物価を2%未満で、その近辺」という政策目標を立て、物価を安定させることがECBの任務だとドラギ総裁は繰り返し説明しています。その物価が、9月に6ヶ月ぶりに再びマイナス(前年同月比▲0.1%)となりました。ドラギ総裁は、低インフレが長期化する懸念が強まったとの認識を示し、また景気についても中国など新興国経済の景気減速で輸出が鈍る可能性があるとの認識を示しました。

ユーロ圏の4-6月期GDPは、実質年率で+1.4%と発表されています。これは前期1-3月期の同+2.1%から減速しています。7-9月期GDPは11月中旬に発表予定となっていますが、7月の上海株急落と中国経済の減速がどの程度影響をおよぼすのか、ドラギ総裁は「懸念材料」だと説明しています。

ECB(European Central Bank 欧州中央銀行 本店 ドイツ・フランクフルト)
ECB政策任務 → 物価の安定
ECB政策目標 → 物価を2%未満で、その近辺で安定

直近のユーロ圏GDP(実質年率 %)

2014年10-12月期 +1.6
2015年1-3月期 +2.1
2015年4-6月期 +1.4

ユーロ圏2015年消費者物価指数(前年比 %)

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月
▲0.6 ▲0.3 ▲0.1 0.0 0.3 0.2 0.2 0.1 ▲0.1

ECBのスタッフが3ヶ月毎に経済見通しを公表しています。ECB理事会での判断材料となるわけですが、直近は9月にその見通しを下表の通り発表しています。次回は12月に発表される予定です。その見通しを判断材料として、追加緩和を行うかどうかが決定されます。

ECB発表の「スタッフ見通し」によるユーロ圏経済見通し

発表年月 GDP成長率予想(%) インフレ率予想(%)
2015 2016 2017 2015 2016 2017
2015年6月 1.5 1.9 2.0 0.3 1.5 1.8
2015年9月 1.4 1.7 1.8 0.1 1.1 1.7

スタッフ見通しによると、9月時点の2015年のGDP見通しは+1.4%となっていますが、これは、4-6月期のGDPと同じ数字です。ドラギ総裁は、この数字よりも「下振れリスクがある」と説明しています。それでは、国際機関による欧州経済の見通しはどのようになっているのでしょうか。中国経済予測と比較して下表にまとめました。

IMF世界経済見通し(直近10月6日発表、%)

  2015年見通し 2016年見通し
予想時点 1月 4月 7月 10月 1月 4月 7月 10月
中国 6.8 6.8 6.8 6.8 6.3 6.3 6.3 6.3
ユーロ圏 1.2 1.5 1.5 1.5 1.4 1.6 1.7 1.6

OECD成長率見通し(直近9月16日発表、%)

  2015年見通し 2016年見通し
予想時点 2014
11月
2015
6月
2015
9月
2014
11月
2015
6月
2015
9月
中国 7.1 6.8 6.7 6.9 6.7 6.5
ユーロ圏 1.1 1.4 1.6 1.7 2.1 1.9

世界銀行経済見通し(直近6月10日発表、%)

  2015年見通し 2016年見通し
予想時点 1月 6月 (10月) 1月 6月 (10月)
中国 7.1 7.1 (6.9) 7.0 7.0 (6.7)
ユーロ圏 1.1 1.5 1.6 1.8

※10月時点の予想は、東アジア・大洋州地域の途上国の予想の内、中国の予想

ユーロ圏の成長見通しは各機関とも時系列で上方修正となっています。成長の方向は日本の成長見通しと正反対になっています。日本の方向は下方修正となっていました。この要因だけで見ると、ユーロ買い円売りとなります。上方修正の背景は、ECBが1月に実施した量的緩和の導入と、それによるユーロ安(輸出競争力の回復)の恩恵によるもののようです。これを受けて1-3月期GDPは前期の+1.6から+2.1%と回復しています。ユーロ円も、量的緩和決定の後は、しばらく円高傾向でしたが、日欧の成長方向の違いから、ユーロ円はその後円安に戻し、135円を挟んだ展開となっていました。

しかし、ユーロ圏GDPは、4-6月期には+1.4%と減速しました。量的緩和の効果が薄れ、ユーロ安も止まり、また世界経済の減速がじわりじわりと響いてきました。ECBは、7月、8月と動きませんでしたが、9月に経済見通しを下方修正し、10月の理事会では追加金融緩和を示唆しました。この動きを受けて、為替相場はユーロもユーロ円も既にユーロ安、円高の方向に動き始めています。量的緩和の内容によっては、更にユーロ安に動く可能性があるかもしれません。

ECBスタッフの見通しと国際機関の見通しについて、直近の予想をもう一度下表にまとめました。

GDP予測
(予想時点)
2015年見通し
中国 ユーロ圏
ECB (9月) 1.4
IMF (10月) 6.8 1.5
OECD (10月) 6.7 1.4
世界銀行 (10月) 6.9 1.5

※世界銀行の中国予測は10月時点の見通し

ECBの見通しの方が、中立的な予想と言われる国際機関よりも固めに見ていることがわかります。日銀の見通しとは正反対の見方となっています。概して、日銀は強気でECBは固めの印象です。石橋を叩いて渡るドイツ連銀の流れを汲んでいるからかもしれません。ECBの見通しは9月時点の見通しです。10月19日に中国の7-9月期GDPが発表され、前年同期比+6.9%と6年半ぶりに7%を割れました。これを受けた10月22日のECB理事会で、ドラギ総裁は「景気に下振れリスクがある」と正直に語っています。

ユーロ圏経済を引っ張っているドイツの輸出全体に占める中国向け輸出の比率は、この5、6年で3%程度から6%台に伸びたそうです。その中国の9月の輸入は前年同月比▲20.4%と、大きく落ち込んでいます。この影響は、当然、ドイツ経済に及び、ユーロ圏経済に及んできます。中国経済の1%の減速は、1年後のユーロ圏経済に0.25%の減速圧力となるとの試算があります。

前々回にお話ししましたが、日本経済研究センターは、中国の4-6月期実質GDPは、中国政府公表を大幅に下回る5%前後だったとの試算結果(4.8~6.5%の範囲内)を発表しました。本当にこのような実体だとすると、更にユーロ圏経済に下押し圧力がかかってくる可能性があり、再びユーロ安の展開になる可能性が出て来るかもしれません。「中国経済減速の影響は、欧州にとってギリシア問題以上に大きな懸念事項」との見方もありますが、まんざら大げさではないかもしれません。

次回12月のECB見通しでは下方修正されることが予想されますが、中国経済がさらに減速するとユーロ圏経済の下方圧力は更に高まることに留意しておかなくてはなりません。