中央銀行の経済見通し

以前IMFや世界銀行などが発表している世界経済見通しの話をしましたが、今回は中央銀行が発表する経済見通しの話です。それぞれの国が発表する経済見通しは、自国びいきのバイアスがかかりやすいため、国際機関の経済見通しの方が中立性が高く、先行きの経済の見通しを把握するのに役に立つというお話をしました。今回は、逆にバイアスがかかっている(であろう)経済見通しを、中央銀行の金融政策の方向性と矛盾はないか、あるいは無理はないかということを推測したり、あるいは、この見通しならば金融政策の変更の時期はいつになるだろうかということを推測したりして、相場予想の役に立たせようというお話です。日本、米国、欧州の各中央銀行は四半期毎や半年毎に経済見通しを発表しています。また、中央銀行の見通しは政策目標である物価見通しも発表しているため特に重要です。

日銀の経済・物価見通し

日本銀行は、4月および10月の政策委員会・金融政策決定会合において、先行きの経済・物価見通しや上振れ・下振れ要因を詳しく点検し、そのもとでの金融政策運営の考え方を整理した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を決定し、公表しています。また、1月および7月の金融政策決定会合では、その直前に公表された「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)以降の情勢の変化を踏まえたうえで、先行きの経済・物価見通しを評価した「中間評価」を公表しています。

これらを合わせると1月、4月、7月、10月と、3ヶ月毎に経済・物価見通しを発表していることになります。これらの内容は日銀のHPから公表分を見ることが出来ます。もちろん、新聞にも詳しく報道されますので、HPや新聞記事から日銀の経済・物価情勢の考え方を知ることが出来ます。

1月21日の金融政策決定会合では、2015年度と2016年度の「中間評価」を発表しています。

日銀政策委員の大勢見通し   2015年1月21日時点

  今回1月見通し 昨年10月見通し
実質GDP 2015年度 2.1% 1.5%
2016年度 1.6% 1.2%
消費者物価指数 2015年度 1.0% 1.7%
2016年度 2.2% 2.1%

これによると、2015年度の実質GDPは昨年10月時点の見通しから上方修正していますが、物価上昇率は昨年10月の1.7%から1.0%と大きく下方修正されています。急激な原油安の影響で下振れると説明していますが、黒田総裁は「需給ギャップや期待に変化はない。デフレ心理の転換が着実に進んでいる」と相変わらずの強気姿勢を示しています。3月17日の金融政策決定会合後の記者会見でも「物価の基調は着実に改善している。足元で2%の物価上昇目標の実現は遠いが、2015年度を中心とする期間に2%程度になる見通し」と目標達成期間を延ばしながらも相変わらず強気です。その後3月27日に総務省から発表された2月の消費者物価指数は、消費税増税分の影響(2%)を除くと、0%となり下落進行中の状況となっています。4月30日発表予定の「展望レポート」で物価見通しがどのようになるのか注目です。その見通しと金融政策をどのように合わせていくのかが今後の注目ポイントとなります。海外勢は、このままでは日本の物価は再びマイナスになり、早い時期に日銀は追加金融緩和を決定するだろうとの見方が大勢ですが、円安の悪影響があるため、また米国サイドからはドル高の影響を懸念する声が出始めていることから、簡単には決定できない可能性があります。これからは金融政策決定会合前には追加緩和の期待から円安の動きとなり、追加緩和を見送れば円高に動くというパターンを繰り返すかもしれません。

FRBの経済見通し

FRBは、3月18日のFOMCで経済・物価・失業率の見通しを発表しています。このFOMCでは、声明文から(利上げに)「忍耐強くなれる」との表現を削除しました。これは予想通りの削除であったためマーケットは反応しませんでした。しかし、経済見通しで、実質GDPの見通しも物価の見通しも下方修正したため、マーケットはドル売りに反応しました。イエレン議長は、利上げは経済次第と従来からの表現を繰り返していますが、見通しは下方修正となっているため、利上げ時期についての市場の大勢の見方は6月から9月に後倒しとなったようです。このように、今回のケースは経済見通しが金融政策変更の時期をずらす要因となったケースと言えます。

FRBの経済見通し(%)  2015年3月時点

  2015年 2016年
実質GDP成長率
(12月時点)
2.3~2.7 2.3~2.7
(2.6~3.0) (2.5~3.0)
失業率
(12月時点)
5.0~5.2 4.9~5.1
(5.2~5.3) (5.0~5.2)
PCEインフレ率
(12月時点)
0.6~0.8 1.7~1.9
(1.0~1.6) (1.7~2.0)
PCEコアインフレ率
(12月時点)
1.3~1.4 1.5~1.9
(1.5~1.8) (1.7~2.0)

ECBの経済見通し

ECBは、3月5日の定例理事会で「量的金融緩和策」を9日から始めることを決定しました。この決定自体は予定通りであり、マーケットは反応しませんでしたが、ECBのスタッフによる景気・インフレ見通しにマーケットは反応しました。2015年の物価上昇率は、昨年12月時点の+0.7%から0.0%に下方修正しました。これだけだとユーロ売りになりますが、2015年のGDP成長率見通しが1.0%から1.5%に上方修正されたため、マーケットはこの景気に対する強気の見方に反応し、ユーロは買われました。物価下落見通しは、毎月発表される物価上昇率の数字から予想されていたことであるのに対し、GDPは毎月発表されるGDPの見通しよりも強気の見通しであったためマーケットは反応したようです。これまでは、ユーロ圏の物価下落やECBの量的緩和継続はユーロ売り要因でしたが、物価下落や既に始まった量的緩和は織り込み済みの要因となったようです。今後は、更に物価が下落し、マイナス圏に入っていくか、あるいは、強気の景気見通しに対してネガティブなGDP成長率の数字が発表されるかどうかがユーロを動かす要因になりそうです。

ECBスタッフによる景気・インフレ見通し(%、2015年3月)

  2015年 2016年
実質GDP 1.5
(1.1~1.9)
1.9
(0.8~3.0)
(12月時点) 1.0
(0.4~1.6)
1.5
(0.4~2.6)
消費者物価上昇率
(HICP)
0.0
(▲0.3~0.3)
1.5
(0.8~2.2)
(12月時点) 0.7
(0.2~1.2)
1.3
(0.6~2.0)

このように日米欧の中央銀行による経済見通しは、金融政策の方向性と関連しながら読み解いていくと参考になります。発表時期は日米欧とも少しずれていますが、直近の見通しとして、日本は物価を大きく下方修正し、米国はGDPも物価も下方修正したのに対し、欧州はGDPを大きく上方修正している点は注目しておく必要があります。今後、これらの見通しがどのように修正されていくのか、またその過程で各中央銀行の総裁の発言が強気から弱気、あるいは微妙な発言の変化が生じるのかどうか注目していく必要があります。なぜなら、ドル円やユーロなどの為替は、これらの修正や変化によって動いていくことになるからです。