個人投資家の方のみならず、相続が生じた際その多くは相続財産に上場株式や投資信託、債券といった金融商品が含まれています。しかし、不動産を用いた相続対策は常に話題になるものの金融商品に関してはあまりみかけません。そこで今回は相続税・贈与税における上場株式の取り扱い及び基本的な対策の手法をお話します。
なぜ上場株式を用いた相続対策についてあまり話題にならないのか
一般に、相続対策と聞いて皆さんが真っ先に思い浮かぶのが、「不動産」を用いた対策ではないでしょうか。自らが所有する土地にアパートやマンションを建てて賃貸したり、近年ではいわゆる「タワマン節税」が大ブームとなり、税務当局が対策に乗り出すまでになっています。
一方、上場株式などを用いた相続対策についてはほとんど話題にならないのが実情です。それはなぜでしょうか?
実は、不動産の評価と上場株式の評価とは、大きく異なるところがあります。不動産の相続税評価額は「路線価」を基に計算されますが、これは一般に時価の80%の水準に設定されています。しかし、上場株式については原則として相続が発生した時の時価の100%となっています。
そして、不動産の場合は土地にアパートを建てて賃貸することでそこからさらに評価額を引き下げることができますが、上場株式については評価額を引き下げるような対策はありません。
上場株式は時価100%で評価されるため、わざわざ上場株式を取得しても相続税対策にならないのです。ですから相続対策を語るときに話題に上らない、これが実態です。
上場株式の評価方法はこうなっている
ここで、相続税の計算上、上場株式の評価方法はどうなっているかを確認しておきましょう。基本的には相続発生時の時価で評価するのですが、株価は短期間で大きく変動することもあるため、価格の安定性を考慮して、以下の(1)~(4)のうちの最も低い価格で評価することになっています。
(1)相続発生日の株価終値
(2)相続発生日を含む月の日々の株価終値の平均値
(3)相続発生日の前月の日々の株価終値の平均値
(4)相続発生日の前々月の日々の株価終値の平均値
各月の株価終値の平均値は、日本取引所グループのホームページで調べることができます。
相続発生日5月20日、相続財産に誰でも知っている東証一部上場の大手通信会社株式が含まれていた場合を例にすると以下の様になります。
(1)5月20日の終値:4,800円
(2)5月の終値平均:4,893円
(3)4月の終値平均:4,852円
(4)3月の終値平均:4,885円
よって、(1)が最も低いので4,800円が1株当たりの相続税評価額となります。
株価暴落は生前贈与の絶好のチャンス
実は上記の評価方法は、相続時のみでなく、贈与時にも適用されます。上の(1)~(4)の「相続発生日」を「贈与日」と置き換えてください。
そうなると、贈与日を工夫することにより、贈与税を少なく抑えつつ上場株式を生前に贈与できる余地があることに気がつきますでしょうか。その中でも最も効果的なのが、株価暴落が生じた後です。
例えば、今年1月~2月にかけて、日本株は大きく下落しました。しかし、2月12日を底値に反発し、業績が好調な優良銘柄は2月12日以降株価が大きく反発したものも少なくありませんでした。
実例を挙げてみましょう。東証一部上場で個人や小規模業者を主要顧客とし、工場や工事用間接資材のネット通販会社場合です。4月21日の終値は3,455円でした。一方、4月、3月、2月の各月の株価終値平均値は以下のようでした。
- 4月平均:3,272円
- 3月平均:3,088円
- 2月平均:2,516円
つまり、4月21日にこの会社の株式を贈与した場合、その日の時価は3,455円であるにも関わらず、贈与税計算上は2月平均値の2,516円で評価することができるのです。実に時価より27%低い価格です。400株までであれば、基礎控除110万円の範囲内に収まり、贈与税がかからず株式を移転させることが可能です。
近々別の回でお話しするつもりですが、相続対策として生前贈与を実行するのは非常に効果的です。これを、できるだけ低い贈与税額で実行できるのが、株価暴落時の上場株式の贈与なのです。
(将来の展望)将来は不動産ではなく上場株式での相続対策が主流になる日が来る?
昨年8月、金融庁は「平成28年度税制改正要望」の中に、上場株式の評価額を現状の時価100%から時価の70%に見直すという要望を盛り込みました。残念ながら今年の税制改正では実現されなかったものの、もし将来これが実現したならば、上場株式を取得・保有することが大きな相続対策となることが想定されます。
上場株式を買うことで相続税評価額を圧縮することができれば、わざわざ不動産を買ったり、賃貸アパートを建てて空室リスクや借入金の返済におびえながら過ごす必要がなくなります。
なにより、上場株式は不動産に比べて圧倒的に換金性に優れていますから、いざという時にはマーケットで売却し、すぐにキャッシュに換えることもできます。筆者なら、換金したくてもマーケットの環境次第では全く買い手がつかないリスク(流動性リスク)が高い不動産より、流動性リスクが小さく換金性の高い上場株式を選択します。
今の日本株は、あまりにも個人投資家が消極的すぎます。その結果、外国人投資家に良いように牛耳られてしまっているのが実態です。筆者は、個人投資家が株式を買うきっかけが相続対策でもよいので、個人投資家主導で日本株を盛り立ててもらいたいと思います。この金融庁の要望が早期に実現されることを心から願っています。