老後資金準備において、公的年金、企業年金や退職金制度の理解は欠かせません。ここを無視して老後資産形成をしようとすると「なんとなく」の部分が増え、金融機関のセールストークを許すことになります。「老後に1億円!」というCMを見て、そのまま頷いている人はまさにカモの典型で、実際にはその半分以上は公的年金に期待できますし、退職金・企業年金がある会社なら自分で備える部分を3分の1以下に抑えられるはずです(1億円というのも平均以上の老後の生活を期待した場合であって、普通の家庭は実際にそこまで必要ないことがほとんどです。冷静に考えれば、老後資金準備をもっとリアリティのある金額にすることができます。こうした業者は過度に公的年金不安をあおり、公的年金の受け取り分も全額自腹で準備するよう求めてくる傾向があり、要注意です)。

今回は、筆者の専門領域である企業年金に関してひとつ情報提供をします。現在でも400万人以上が加入している「厚生年金基金」制度が事実上廃止に持ち込まれそうな流れと、その法律改正が与える影響です。先日FMラジオでもコメントしましたが、ここでは楽天証券の読者レベルに合わせてもっと本格的に解説してみたいと思います。

議論1年で厚生年金基金は実質廃止に追い込まれる

4月1日、厚生労働省は社会保障審議会年金部会に厚生年金基金の改革案を示しました。すでに法案レベルの資料も出回っています。観測によれば今週中に閣議決定され国会に法案提出、最短なら参議院選挙前の成立を目指すようです。法案の骨子を要約すると以下のとおりです。

  1. 厚生年金基金は今後新設できなくなる
  2. すでにある厚生年金基金のうち財政状況の悪化している4割については5年間の経過措置を設け、解散を求めていく
  3. 財産状況が穏当である5割についても財政検証体制を強め、悪化した場合には解散を促すなどしていくほか、厚生年金相当分を返上し独自の企業年金として存続するための支援策を講じ、制度移行を促していく
  4. 財政状況のきわめて健全である1割については存続することも可能だが、厚生年金部分を返上し独自の企業年金として存続するための支援策を講じ、制度移行を促していく

厚生年金基金とは、国の厚生年金の一部と、企業独自の企業年金部分(退職金の一部を構成することが多い)をひとつにまとめ民間で管理・運用・給付を行う企業年金の仕組みです。国内最大の企業年金として1,200万人に普及しましたが、現在は中小企業が集まって作る総合型の厚生年金基金がほとんどです。現在では、437万人が加入しています(2012年3月)。

2012年2月に発覚したAIJ投資顧問問題が厚生年金基金の問題に火を点け、運用管理体制のあり方から議論が始まり、厚生年金基金を存続させるか廃止させるかに検討の範囲が拡大しました。約1年の議論の末、厚生年金基金の事実上の廃止を厚生労働省は法案化することになります。

厚生年金基金に加入していない者へツケは及ばない

まず最初に考えておきたいのは、国の厚生年金財政がこのツケを払わされ、給付に悪影響を及ぼすのではないか、という問題です。この点をはっきり言うメディアは少ないので心配する人も多いでしょうが、この問題が厚生年金に加入している人(3,400万人以上いる)の将来の年金や、すでに受給している年金生活者に影響を及ぼすことはありません。

また、厚生年金基金に加入していた人についても、「厚生年金に相当する分」について将来の給付が減少することもありません。この点について減額を主張する政治家や識者も若干ありましたが、今回の法案では該当者の減額を指摘していませんので、心配は無用です。

もし法案が成立・施行されれば、全国の厚生年金基金はこれから、厚生年金保険料の一部に相当する積立分(代行部分という)を国に返上していくことになりますが、そのほとんどは回収可能です。むしろ加入者個人のデータとひもつけ、事前積立方式で積み立ててきた資産なので、障害給付や遺族給付に使われたり、上の世代のための給付財源に使われていない年金資産でもあります。ある意味では国の年金財源より確保されているともいえます。公的年金の積立金は返上が終われば数十兆円規模で増加することになるはずです。

積立不足の負担を求められる企業に重荷が生じる恐れも

とはいえ、積立不足が生じている状態の厚生年金基金が少なくない状態において、国に厚生年金保険料の積立に相当する部分を返上する際、その差分は誰かが埋めなくてはなりません。負担を行うのは厚生年金基金に加入していた各企業ということになります。

現在、積立不足の推計を行っていますが、1人あたりの積立不足は平均で44万円くらいにとどまるのではないかと見込まれています。当初見込みでは86万円くらいは必要ではないかとされており、負担を求められた企業が倒産に至った場合の影響が懸念されていましたが、影響はかなり小規模にとどまると考えられています。

さらに幸いなのはアベノミクス相場による株価回復の傾向です。これにより積立不足がさらに圧縮される可能性が高まってきました。実はリーマンショック直前には全国に積立不足はほとんどなかったとみられています。2004年以降に行われた代行返上の際には、当時の株高が寄与し、代行返上益が企業の決算に計上される例が相次ぎました。今回も積立不足が大きく軽減され、うまいタイミングでの厚生年金基金の解散が実現するかもしれません。

ただし、心配な点もあります。それは「企業の退職金の一部に相当」する上積み部分の保証です。代行返上部分にも資産が足りない場合、プラスアルファの部分の給付を将来にわたって約束することができない状態ですから、すでに給付がスタートしている年金も停止され、将来の給付は行われない可能性があります。

基本的には、退職金の一部について会社は給付を保証する方向性を検討すると思われます(従業員との相談抜きに減額すると不利益変更にあたる)。制度上も、確定給付企業年金や中小企業退職金共済、確定拠出年金(日本版401k)を受け皿とできるよう規制緩和を行う予定です。

とはいえ、財政状況がきわめて深刻な一部の厚生年金基金については給付カットが行われる可能性は否定できません。実は大企業の多くも年金財政が悪化した2000~2005年あたりにかけてずいぶん給付削減をしているからです。

給付カットが行われるか、あるいはどの程度になるかは基金ごとの財政状況によります。ので、もし厚生年金基金に加入している読者がありましたら、厚生年金基金のディスクロージャーペーパーを確認してみてください(基金だよりとか基金ニュースとして年1~2回配布することが多い)。もし「指定基金」に該当している場合、厚生労働省が監督の度を強めるほど財政が厳しい厚生年金基金という意味です。減額の可能性は高いと思われます。情報開示の内容を吟味したいところです。

ちなみに、厚生年金基金が給付する退職金の一部は、月額8,000~10,000円程度のことが多いとされます。仮に15年保証の年金であれば、受取総額は150~180万円程度です。金額としては無視できないものの、夫婦で20~23万円程度の公的年金の給付が守られることを考えれば、老後の家計に与える影響は一定程度にとどまると思われます。

これからの企業年金の規制緩和にも注目したい

現在、厚生年金基金以外の企業年金制度として確定給付企業年金(企業の退職金部分のみを企業年金化した仕組み)、確定拠出年金(日本版401k)があり、退職金の外部積立制度として中小企業退職金共済があります。

確定給付企業年金が801万人、確定拠出年金(日本版401k)が421万人、中小企業退職金共済が325万人となっていますが、厚生年金基金の加入者の相当数がいずれかの制度に移行する可能性があります。制度間の資産の移行について規制緩和が予定されており、また各制度の使い勝手の改善も議論されています。厚生年金基金の解散が、企業年金制度の終了とならないよう、従業員サイドもチェックしていくことが大切です。

他紙でも指摘しましたが、「1,000万円の現金があったら信用力のある銀行に預けようと必死になる人が、1,000万円の企業年金の受給権があってもあまりにも無頓着であること」が今回の問題を招いたともいえます。

手元で取り組む老後の資産形成の自助努力部分についても、企業年金枠の状況によって投資戦略は大きく違ってくるはずです。自分の老後資産形成において、企業年金制度や退職金がどれくらいの資産を期待するものであって、またそのリスク(給付が保証されない可能性は高いか、またどの程度か)はどれほどであるか、もっと関心を持っていきたいところです。

厚生年金基金の今後と、年金に与える影響